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サイズ・容量
■サイズ
【S】着丈 76.5 ウエスト64 ヒップ 95
【M】着丈 77.5 ウエスト68 ヒップ 99
【L】着丈 78.5 ウエスト72 ヒップ 103
(単位:cm)


■素材
コットン 65%
ポリエステル 35%


■カラー
ネイビー(ベルト付)/ベージュ(ベルト付)


※写真のカラーはイメージとなります。
ご覧になっている画面の明るさ等により、実際の商品と多少色味が異なる場合がございます。
※色味が異なる・臭いなどの理由の交換・返金はお受けできません。ご了承くださいませ。

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2022/03/25

ひとりぼっちの「スターティング・オーヴァー」〜 キャット・エドモンスン


(4 min read)

 

Kat Edmonson / Take To The Sky
https://open.spotify.com/album/1MqGJoEKazTWPX0HaA17L2?si=kGoHqnIsT3OH7ge7m8AzBg

 

いまのところの最新作である2020年『ドリーマーズ・ドゥ』で出会いすっかり魅せられてしまった歌手、キャット・エドモンスン。ディズニー・ソングの数々をワールド・ミュージックふうに料理するという、ハッとさせられるみごとなアルバムでした。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/04/post-02e2af.html

 

キャットは声質と歌いかたがねえ、ちょっと舌足らずのアイドルっぽいキュートさというかイノセンス、幼さを感じさせるタイプですから、聴き手を選んでしまうかもしれません。ですが音楽に対する姿勢はなかなか硬派のチャレンジャーですよ。

 

デビュー作の『テイク・トゥ・ザ・スカイ』(2009)でも、すでにそんなキャットの果敢な冒険心がよく発揮されていて、すばらしいなとぼくなんかは感心します。この歌手は常套的なアレンジを決して使わないんです。

 

『テイク・トゥ・ザ・スカイ』で顕著なのはリズム面での工夫。とりあげられている曲はグレイト・アメリカン・ソングブック系のスタンダードが多いんですが(「サマータイム」「ナイト・アンド・デイ」「エンジェル・アイズ」「ジャスト・ワン・オヴ・ゾーズ・シングズ」)、どれも目(耳)を張る斬新なビート感で生まれ変わっています。

 

キー・パースンはピアノも弾いているケヴィン・ラヴジョイ(Kevin Lovejoy)で、だれなんだか知りませんが、アレンジャーをつとめているんですね。どのスタンダード曲も、ピアノかベースかドラムスが意外かつイビツな反復リフを演奏し、だれもが知っている曲にいままでにない相貌を与えています。

 

といってもリズムが快活で楽しいとか躍動的とかっていうのではなく、ちょっと暗いっていうか一箇所にジッとたたずんでぐるぐるまわっているような、う〜ん、うまく言えないんですが、陰で翳の差すリズム・アレンジで。キャットのキュートな声質も、かえってそんな不穏さを強調しているように聴こえるのがおもしろいところ。

 

それが凝縮されている象徴的一曲が(ボーナス・トラックを除く事実上の)アルバム・ラスト9曲目の「(ジャスト・ライク)スターティング・オーヴァー」。ジョン・レノンが書き歌ったこれは、ヨーコとの再出発を誓いあう前向きのポジティヴ・ソングだったのに、ここでのキャット・ヴァージョンはビートのほぼないテンポ・ルバート。

 

べつに陰鬱なフィーリングでもありませんが、こういうテンポとリズムとサウンドで再解釈することにより、微笑ましくもちょっと直視できにくいと感じることもあったジョン&ヨーコのこのストレートでやや押しつけがましい愛のかたちのそのフィーリングを、みごとに中和し毒づけして仕上げています。

 

二人で歩んだジョンとヨーコの姿をどうこう思いませんが、キャット・エドモンソンのこの「スターティング・オーヴァー」とこのアルバムには、なんともいえない孤独感と気高さが(音楽的に)色濃く出ていて、ずっとひとりぼっちの人生を送っているぼくみたいなリスナーは共感しやすいんです。

 

キャット・エドモンスンって、そういう歌手ですよね。

 

(written 2021.12.17)

2022/03/24

サブスクに載せたり消したりしないでほしい


(4 min read)

 

2020年おおみそかにアップロードした記事「21世紀のベスト20」。これにどちらも選出したパウロ・フローレス(アンゴラ)の2013年作『O País Que Nasceu Meu Pai』とレー・クエン(ヴェトナム)の16年作『Khúc Tình Xưa - Lam Phương』は、その後一時期Spotifyで聴けなくなっていました。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/12/post-0be9ec.html

 

世紀ベストに選ぶくらいどっちも大好きでぼくのなかで評価が高いこの二作、もともとはもちろんSpotifyで聴けました。それでもってぼくも楽しんでいたというのに、しかし、しばらく経って両方とも消えたんです。

 

ときどきあるんですけどね、こういうことが、Spotify(や他の音楽系サブスクでも同じだと思う)では。なんなんでしょうね、一度入れたものをまた消すっていうのは。消えないものが大半ですけれども、なぜだか謎の消失現象がたまにあります。

 

なにかの権利関係のことかな?と推測するわけですが、そもそもそういったことをクリアした上でサブスクで聴けるようになるんじゃないんですか?あるいは音楽家本人の意向とか事務所、レーベルの方針とか、さまざまに考えられますけれども、もはや2020年代だというのにCDじゃないと聴けないなんて、あまりにも時代錯誤。

 

それぞれの人間にそれぞれの事情があって、ぼくのばあい引越した2020年7月から約一年間、住宅事情によりCDが手にとれない、ダンボール箱に入ったままという状態が続きました。その後もう一回の引っ越しですべてのCDをちゃんと出しましたけども、未整理のままなのは変わらず(やる気もなし?)。

 

それでも主だったものはパソコンのMuiscアプリ(旧名iTunes)にファイルとして入っていて、パウロ・フローレスもレー・クエンもCD買ったやつはぜんぶインポート済みの状態だったんで、だから聴こうと思えば不便はありませんでした。ですけどねぇ。

 

そもそもレコードやCDとして、あるいはストレージ内の実体ファイルとして、所有していないと聴けない音楽ってなんなんですか?パソコンだって一定期間で買い換えますから、その際に膨大な内蔵音楽ファイルを移行しなくちゃいけないのがウンザリ。物体の引っ越しも同様。

 

そこいくとSpotifyなどサブスクはネット環境さえあればいつでもどこででもアクセスし、聴けるんですよ、パソコンでもスマホでも。そんなサービスに存在しているか否かはめちゃくちゃ意味がデカいです。音楽ライフを左右するくらいに大きなことです。もういまやネット環境がない、まったく電波もないという状態は考えにくいですから。

 

しかもパウロにしろレーにしろ、聴けたのが一度消え、それがまたいま(2021年8月下旬)復活しているのはいいことですけど、しばらくのあいだどうしてこんな名作がSpotifyで聴けないの?とぼくは悶々としていました。

 

心臓によくないです。また消えるんじゃないかとビクビクしますから。お願いですから、一度聴けるようにしたものを(どんな事情があるか知りませんけど)消さないでほしい。リスナーとしては泣きたくなっちゃいます。戦々恐々の日々を送りたくないです。聴く方法が皆無になるわけじゃないにしても。

 

以前解禁になったジョアン・ジルベルト『三月の水』もいっとき聴けなくなっていたし、ずっと楽しんできたアンガームの2018年作、19年作だって消えて、また復活。ヒバ・タワジの『30』も数ヶ月間グレー・アウトしていたし。現在はぜんぶ復活していますけど、勘弁してください。

 

(written 2021.8.27)

2022/03/23

ユニーヴァーサルな21世紀型オーガニック・ポップス 〜 トトー・ST


(2 min read)

 

Totó ST / Nga Sakidila
https://open.spotify.com/album/5z6nPM5BNo42iW6QkLKF97?si=iRm_7V-bTy6uF71hJw3hCQ

 

bunboniさんの紹介で知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-06-09

 

上のbunboniさんの記事ではアンゴラのトトー・STのアルバムが二作載っていて、両方聴いてみたらどっちもいいので、じゃあとりあえず近作のほうをと思い2019年の『Nga Sakidila』をとりあげてメモしておくことにします。

 

2014年作もそうですが、19年の『Nga Sakidila』もアンゴラ色はおろかアフロ・ポップ・カラーすらほとんどない、ワールド・ワイドに通用するまろやかでソフトで上質で高度に洗練された音楽。ラスト15曲目でだけなぜかブラジルの楽器ビリンバウが使われていますがそれだけで、アルバム全体はギターやピアノなどのサウンドが中心。

 

曲もいいしギター演奏もヴォーカルも伸びやかで、三拍子揃ったいい才能ですよね。ドラムスやベースなどリズム・セクションが参加して軽快にグルーヴするナンバーにも聴き惚れますが、個人的にはトトーひとりでのおだやかなアクースティック・ギター弾き語りみたいなのが大のお気に入り。

 

出だしの1曲目からしてそうなんですが、ほかにも5曲目、12曲目とあります。こういったアンプラグドなギター弾き語りで聴かせるトトーの音楽のやわらかな感触には、リスナーのメンタルをゆっくりほぐしていくような独特のチャームがあって、どっとかというと少人数バンド編成でのオーガニックなビートの効いた曲が多いアルバムのなかでいいアクセントになっています。

 

弾き語りナンバー、バンドでのナンバーと、どちらもすんなり耳になじむユニヴァーサル・カラーがあって、特にアンゴラがどうこうとかアフロ・ポップに興味のない一般の音楽リスナーにもアピールできそうな21世紀型ポップスとして通用します。アメリカン・ミュージック・ファン、J-POP好きだって好きになれるんじゃないですかね。

 

(written 2021.12.15)

2022/03/22

あまりにもスティーヴィ 〜 PJ・モートン


(3 min read)

 

PJ Morton / Gumbo
https://open.spotify.com/album/0vSjCEvf6IxMJkZ9PUFsgh?si=_pAr22I-QcGdHdSH8YZezg

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-05-12

 

PJ・モートン2017年のアルバム『ガンボ』。全曲をアクースティックな?生演奏バンドで再現した翌18年の『ガンボ・アンプラグド』(けっこう電気が鳴っているけど)も聴いてみましたが、個人的には『ガンボ』のほうが断然好きですね。

 

ニュー・オーリンズ出身だしこういうアルバム題だしと思っても、『ガンボ』にニュー・オーリンズらしさはまったくといっていいほどなし。それよりもネオ・ソウルっぽい音楽ですよね。

 

もっといえばネオ・ソウルのルーツたる1970年代ニュー・ソウルっぽさ全開。不要とは思うけどいちおう説明しておくと、ネオ・ソウルというタームはニュー・ソウルを意識してモータウンのキダー・マッセンバーグが考案したものです、そもそも(NeoはNewの意)。

 

そしてモートンの『ガンボ』を聴いてわかるのは、1970年代のスティーヴィ・ワンダーにそっくりすぎるほどそっくりだということですね。ぼくはスティーヴィ大好きなんで。ときどきいますけど、そういうスティーヴィそっくりさん歌手、でもここでのモートンのばあいは声質や歌いまわしのスタイルだけでなく、ソングライティングからして似せています。

 

プロデューサーとしても活躍しているモートンなので、『ガンボ』をこういったふうに仕上げよう、スティーヴィをフォローしようというのは当初からあった目標だったのかもしれません。曲づくり、シンセサイザーの音色やフレイジングの隅々、ビートの細かなパーツにいたるまで、なにからなにまで70年代スティーヴィそのままを再現しています。

 

そんななか個人的に一番グッときたのはアルバム・ラストの「ハウ・ディープ・イズ・ユア・ラヴ」(愛はきらめきの中に)。言わずと知れた1977年のビージーズ・ナンバー。高校生のころに聴かされすぎて食傷していたディスコ・チューンではない、このへんのビージーズのことは、いまさらではありますが最近ようやくしみじみいいなぁと感じるようになっています。

 

それをモートンがスティーヴィ的トラック・メイクとそっくりヴォーカルで聴かせてくれるんだから、文句なしに最高です。モートンのこれを聴いていると、ビージーズのギブ兄弟の書いたこうした一群の曲には(調理次第ではありますが)もとからソウル・フィールがあったかもなあとも気づきます。

 

(written 2021.12.11)

2022/03/21

全岩佐美咲史上最高 〜 「初酒」と「もし空」ライヴ in『美咲めぐり ~第2章~』


(6 min read)

 

https://www.amazon.co.jp//dp/B07X3QG47M

 

日常的に頻聴している自作プレイリスト『岩佐美咲 / トータル・ベスト2021』。全10曲の持ち歌と「さよならの夏」(with セシル・コルベル)以外どれもこれもサブスク配信されていませんから、CDからパソコンにインポートして、それをiPhoneにも移しどこででも聴けるようにしてあります。

 

そして、実はそれをSpotifyアプリでも再生できるようにしてあるんですね。といっても11曲以外はすべてローカル・ファイルなんでぼくのディバイスでしか聴けないはずですが、どんな曲を選んでどういう順で並べてあるのか?と思ったかたは以下をご覧あれ↓
https://open.spotify.com/playlist/7w7baOGJaSo9iz09O1EwfI?si=70a5c07f87d8484e

 

12曲目以下のローカル・ファイル・パートはぼくしか聴けないはずと思うのに、七個のライクがついているのはなぜなんだろう?ともあれ、これを聴くたび感動で惚れ惚れと深いため息をもらすのが、ラストにおいた二曲のライヴ・テイク「初酒」と「もしも私が空に住んでいたら」です。2019年のアルバム『美咲めぐり ~第2章~』初回盤収録。

 

この二曲のライヴ・ヴァージョンが、もうあんまりにもすんばらしすぎると思うんですよね。「初酒」は3rdコンサート(2017年7月22日一部公演)、「もしも私が空に住んでいたら」は4thコンサート(2018年2月4日一部公演)より。後者はぼくも現場で生体験しました。

 

個人的な意見ではありますが、『美咲めぐり ~第2章~』初回盤に収録されたこれら二曲こそ、全岩佐美咲史上の最高傑作だと思うんです。前にもそう書いたことがありますが、なんどでも言いたい、そうせずにはいられないくらい、好き!美咲のヴォーカルが、この世のものとは思えないチャーミングさです。

 

チャーミングといっても、いはゆるかわいい系のという意味ではなくて、演歌歌手としてしっかりした艶やかな歌を聴かせているということです。この二曲は、ちょっと聴いてみるだけでタダゴトじゃないぞというオーラをまとっているとわかるはず。

 

声のノビやハリが最高にすばらしく、これらを歌った2017〜19年ごろは美咲が歌手キャリアでピークにあった時期だと思うんですよね。コロナ禍以後は活動停滞で落ちてきていますから。そこいくと2019年秋にリリースされた『美咲めぐり ~第2章~』収録のこれらライヴ・テイク二曲は絶好調だった時期。

 

そのころのコンサートや歌唱イベントなどに通い最新の美咲歌唱を聴いていた(ぼくをふくむ)ファンからは、初期のオリジナル楽曲はまだ未熟だった時期にレコーディングされたもので、近年は著しく進化しているので、もう一回録音して発売しなおしてほしいという声が多くあがっていました。

 

スタッフや会社サイドもそうした美咲の進化を現場で聴いて納得していたのでしょう、2019年のアルバムに近年ライヴ・ヴァージョンが収録されることになり、ぼくらは快哉を叫びましたよね。実際、美咲は艶ややかな声であざやかな歌を聴かせてくれていて、オリジナル・シングルとは比較にならないできばえ。

 

「初酒」も「もし空」も声が美しく輝いているし、しかもフレーズ終わりごとにほんのり軽く弱いヴィブラートを、それとわからない程度にふわりと効かせながら、す〜っとナチュラルにデクレッシェンドしていく技巧もこのころが最高期。強く言いきかせるように歌う部分とそっとやさしく寄り添うようにおいてくる部分との緩急も自在。

 

特にアルバム・ラストの「もし空」には降参です。これを締めくくりに持ってきたということは、制作サイドも最高傑作であるという認識だったんじゃないかと確信します。歌の理解度・表現力が格段に向上していて、2019年のアルバム発売当時ぼくらが現場にどんどん通って聴いていたあのころの最新歌唱になっています。

 

1コーラス目の「宿の窓辺からそっと見送るぅ〜」の最後「ぅ〜」部分での声の伸びやかさなんか、異次元というかもう異様とも思えるほどのあざやかな艶と色気が込められていて、そのままサステインしながらす〜っときわめて自然に弱くなっていく、その時間はほんとうに美しく幸福。

 

2コーラス目「月に一度の逢瀬を重ねて、手に入れたものは偽名と孤独」部なんて、この上なく表現が深まっているし、「偽名と孤独」部で「こど、くっ」と切なげに声をそっとかすかにやさしくおくことにより、主人公の哀しみが色となって鮮明に、しかしほんのりと、リスナーに伝わります。

 

(written 2022.2.24)

2022/03/20

ロンドン発、ジャズ+ヒップ・ホップのあの時代と、グールーの『ジャズマタズ』


(5 min read)

 

Guru / Jazzmatazz, Volume 1
https://open.spotify.com/album/64J8girYqmK86ebqBayrjQ?si=yW7uMA4XTl2bfGCB0NCX_A

 

1990年代のあのころ、あまりワケわかっていなかったけど、ただただカッコいいと感じてどんどんCD買って聴いていたグールー(故人)の『ジャズマタズ』シリーズ。一枚目は1993年に出たものですが、たまに聴くと、時代を感じはするものの、いまでもカッコいいよねえ。

 

当時はちょうどメインストリームなジャズ演奏+ラップ&ヒップ・ホップを融合する試みが開始されたばかり。個人的にはUs3を先に知って夢中になっていた記憶がありますが、いま調べてみたらUs3の一作目『ハンド・オン・ザ・トーチ』は1993年11月16日のリリース。グールーの『ジャズマタズ Vol.1』は同年5月18日に出ています。

 

それでもUs3のほうはシングルとして「カンタループ(フリップ・ファンタジア)」を1992年の暮れに出していて、翌93年冒頭にかけて日本でもFMラジオとかでまるで堤防が決壊したみたいにどんどん流れていたんで、こっちのほうが先だったという個人的印象には裏付けがあります。

 

Us3は英国のユニットでしたが、マサチューセッツ生まれの米国人グールーの『ジャズマタズ Vol.1』もある意味ロンドン発っていうか、いったんそこを経由して入ってきたような印象があったのは勘違いでしょうか。あのころ、1990年代、ジャズなマターはアメリカよりどっちかというとロンドンやヨーロッパのほうが人気だったし活発だったような。

 

1980年代からのいはゆるアシッド・ジャズの流行もロンドン発信だったような記憶があるんですが、そのへんからヒップ・ホップ・ジャズまで、ぼくのなかでは一連の流れとして当時認識されていましたし、実際音楽性としても連続していたはずです。

 

大学院博士課程を中退し就職したので(1988年春)自分でお金をかせぐようになって、音楽をまずまず思うように買うことができるようになったということと、ピッタリそのころレコードに代わってCDの時代が到来したということも、あの時代の(個人的)重要ファクターとしてありました。ソウル II ソウルとかあそこらへんからの流れとしてひとくくりで楽しんでいました。

 

この手の音楽は、正対してキマジメにじっと集中して聴き込むというよりは、どっちかというと(当時このことばを知らなかったけど)ラウンジ系というか、なにかしながらそのバックグラウンドで流れていればいいムードっていう、そういうものです。

 

だから、2010年代末ごろから現在までの流行であるロー・ファイ(・ヒップ・ホップ)なんかとその意味でもつながりますね。リラクシング・ミュージックでくつろぎ系、格好のBGMになって、だからジャズはジャズでもハード・バップとかフリーとかみたいに(自室やジャズ喫茶などで)じっくり向き合って真剣勝負で聴くというものじゃありません。

 

ヒップ・ホップなビート感にそういったリラクシングなチル効果があると思いますし、そもそもメインストリーム・ジャズだって1940年代のビ・バップ革命でシリアス鑑賞芸術になっちまう前までは同様だったんですからね。

 

だからそんなジャズとヒップ・ホップ・ビートをフュージョンしてラップを乗せれば極上のラウンジ・ミュージックができあがるという寸法で、実際、クラブなんかで流して踊りながら楽しむ文化があのころから主流になって、そのための音楽をつくろうっていう狙いがUs3やグールーらにあったと思います。

 

ヒットしたグールーの『ジャズマタズ』シリーズは、1993年の一作目以後2000年の三作目まで立て続けにリリースされ、ちょっとおいて2007年の四作目で終わっています。なぜか1と4しかサブスクにはないけれど、当時のぼくはすべてCD買いました。Us3も同じくらいの寿命でした。

 

それでも当時のみんなの試み、意図、目指した音楽的方向性は、やや趣向が変わったとはいえ、現在2010年代以後の新世代ジャズ・ミュージシャンたちにも引き継がれています。打ち込みでやっていたのを生演奏でというやりかたに置き換わったのですが、チリングなビート・フィールみたいなことは同じだと思います。

 

(written 2021.11.28)

2022/03/19

内に込め淡々と静かにゆらめく情熱 〜 ルエジ・ルナ


(2 min read)

 

Luedji Luna / Bom Mesmo É Estar Debaixo D’Água
https://open.spotify.com/album/72RsVQVhqVjyBfsTCThFpq?si=i6Se6q-JQyuuFaH8Nvb3RA

 

アフロ・ブラジル文化が根づくバイーア州サルヴァドール出身のシンガー・ソングライター、ルエジ・ルナ。その最新作『Bom Mesmo É Estar Debaixo D’Água』(2020)はブラジル黒人女性としてのアイデンティティを音楽に込めた、いはばブラジリアンBLMミュージックみたいなもんでしょう。

 

といっても高らかに宣言するような押し出しの強い躍動的な音楽ではなく、全体を支配するのは均衡のとれたおだやかな抑制の美学。もちろん曲によっては強いビートでがんがん攻めるようなものもあったりして(6「Recado)、そういうのがむかしから大好きなぼくですけど、ここでは全体的に静けさが目立っています。

 

ポエトリー・リーディングをまじえてニーナ・シモンをカヴァーした4曲目「Ain’t Got No」なんかにも象徴的に表現されていますが、黒人女性として生きるとはどういうことか、女性としての権利、ジェンダー平等という問題をじっくり見つめなおすようなおだやかな態度が音楽にも反映されていて、深い部分で怒りや抗議の意味を込めつつ表面的にはしずやかな音楽です。

 

プロデューサーがケニア人ギターリストのカト・チャンゲ。くわえてコンゴ系ブラジル人のフランソワ・ムレカ(ギター)、キューバ人のアニエル・ソメリアン(ベース)、バイーア出身のフジソン・ダニエル・ジ・サルヴァドール(パーカッション)など、マルチ・カルチュラルな面々で制作されたというのもいいですね。

 

アフロ・ブラジル〜ソウル~ジャズからクラシカルな室内楽までが自由な創造性で融合されたアレンジメントがすばらしいですし、ルーツ回帰と都会派な感覚が両立するいまのブラジル音楽シーンを代表する名作だと言えるでしょう。

 

(written 2022.3.9)

2022/03/18

低温やけどのようにじわじわ芯部まで 〜 レ・フィーユ・ド・イリガダッド


(2 min read)

 

Les Filles de Illighadad / At Pioneer Works
https://open.spotify.com/album/28vMSFsguGKqSPNNy85S5V?si=p490HBxkSSmOso66DIC-_g

 

いはゆる砂漠のブルーズは男性バンドばかりでしたが、サヘル・サウンズがてがけるニジェールのレ・フィーユ・ド・イリガダッドは “フィーユ” というくらいで女性バンド。2016年結成で、女性トゥアレグ・ギター・バンドは個人的に初耳です。

 

そのレ・フィーユ・ド・イリガダッドが2019年の秋に米ニュー・ヨークのブルックリンで行ったライヴを収録したのが『アット・パイオニア・ワークス』(2021)。女性三人の基本編成に男性サポート・ギターリストがくわわっています。

 

ライヴだからといってとくに映えるような派手な音楽は展開しておらず、演出もなく、淡々とギター・ティンデをやるだけなんですが、その一聴、地味とも思えるような平坦なグルーヴこそが、実はこの手の音楽のヒプノティックな魔力だろうとぼくには思えます。

 

つまり、モロッコのグナーワ、アメリカのヒル・カントリー・ブルーズ、アイヌのウポポなんかにも相通ずるようなワンネス旋回反復の快感。グンともりあがったりするパートなどもないので、どこが聴きどころかわからず、なんだかつまんないな〜ってなりそうなそこ、そこにこそこの手の音楽のトランシーで呪術的な作用があるでしょう。

 

レ・フィーユ・ド・イリガダッドのこのライヴ・アルバムだって、聴いているうちいつのまにか徐々に快感が昂まって、まるで低温やけどのように or ぬるめのお風呂にゆっくり長時間つかったあとのように、芯まで熱せられ、最終盤の6曲目あたりではすっかり心地よさに満たされているのがわかります。

 

(written 2022.3.8)

2022/03/17

ブルーズ界の次世代キング 〜 クリストーン・キングフッシュ・イングラム


(2 min read)

 

Christone “Kingfish” Ingram / 662
https://open.spotify.com/album/3oHvQF3GcnbPRsnp2pieAZ?si=y8RhiCNmQieUczCZoZ0NBA

 

これこれ、これですよ、こういう音楽こそ好きなんですよ、ぼくは。

 

アリゲイター・レコーズからデビューして三年、ブルーズ界の超新星ともいえるギター&ヴォーカル、クリストーン・キングフッシュ・イングラムの二作目『662』が昨2021年に出ました。デビュー作同様トム・ハンブリッジがプロデュース。

 

“662” とはキングフィッシュの出身地ミシシッピ州クラークスデイルの電話市外局番で、だからある意味ルーツ回帰宣言みたいなものなんでしょうか。といってもデルタ・ブルーズをやっているわけじゃありませんが、もちろん(歌詞には出てくる)。

 

こってりとヘヴィ&タイトにドライヴするファンク・ブルーズをやるのがキングフィッシュの持ち味で、ちょっぴり往年のプリンスを思わせるところもあります。ロウダウンなダーティさはほぼなく、都会派ですね。

 

タイトル・トラックの1曲目からパワー全開で突っ走るキングフィッシュ。聴きどころはひととおり歌が終わってバンドの演奏が一瞬止まり、あいだをおいてから敢然とはじまる弾きまくりギター・ソロ。いやあ、こういったファンキーなブルーズ・ギター・ソロを2022年のリアルタイムな音楽として聴けるなんてねえ、感無量です。

 

2曲目以後もさまざまにグルーヴのタイプを変えながら、ジミ・ヘンドリクス、エリック・クラプトン、バディ・ガイらの衣鉢を受け継ぎ、現代のホワイト・ストライプスやブラック・キーズとも呼応しながら、ひょっとしたらジョージ・クリントン、ブーツィ・コリンズなんかとも共振できるような音楽がこれでもかと展開されています。

 

ブルーズはもうすっかり「過去のもの」だみたいなとらえられかたをするようになっているかもしれませんが、それでもいまだにときおりこういう大型新人が出てくるあたり、アメリカン・エンタメ・ミュージック界の健全さ、ふところの深さを感じずにはいられません。

 

(written 2022.3.14)

2022/03/16

これがおっさんにとっての「いいメロ」だ 〜 カクタス・ブラッサムズ

(3 min read)

 

The Cactus Blossoms / One Day
https://open.spotify.com/album/0kVNpxNis78JrqQgsir4QN?si=XXt6hXjlQame4hsTvUj4qQ

 

萩原健太さんのブログで教わりました。
https://kenta45rpm.com/2022/02/21/one-day-the-cactus-blossoms/

 

カクタス・ブラッサムズは米ミネアポリス出身の二人兄弟バンドで、たぶんポップ・カントリー/ルーツ・ロック系の音楽をやっているといえます。2010年代以後のそういった(アメリカーナ的)土壌から出現したんでしょう。

 

最新作『ワン・デイ』(2022)が、こりゃまたしかし現代的というよりレトロ趣味全開で、うん、もちろんこういったレトロスペクティヴな眼差しがいま最新トレンドではありますが、ほんとうにおじさんキラーなチューンばかり。

 

1曲目でエレキ・ギターがブギ・ウギ基調のパターンを弾きながら鳴りはじめただけで頬がゆるむぼくですが、ずっとアルバム・ラストまでこの調子。個人的にはアクースティック・ギターのやわらかいカッティング・サウンドがメインになっている曲がツボです。

 

特に6曲目「バラッド・オヴ・アン・アンノウン」、7「ナット・ジ・オンリー・ワン」、9「ロンリー・ハート」、10「アイ・オールモスト・クライ」といったような曲の数々は、社会的に疎外された孤独な落ちこぼれ者への視点があって、そこはカントリー界の伝統に沿ってもいるわけですが、強く共感します。

 

もちろん歌詞が、というだけでなく、メロウで中庸保守的なアクースティック・ギター・サウンドを軸に曲づくりされた、このヴィンテージな質感がとてもいいわけです。ちょっとボブ・ディランの『ジョン・ウェズリー・ハーディング』(1967)を想わせるテクスチャーじゃないですか。

 

と同時にとにかくどの曲でもエヴァリー・ブラザーズばりのクローズド・ハーモニーがばっちり決まっていて、もろに21世紀版のエヴァリーズというか、いい感じのエヴァーグリーンなポップ・カントリー・ロック感覚に満ち満ちた仕上がり。

 

1960年代後半〜70年代前半のルーツ・ロック香を強くただよわせていて、たしかにそのへんの音楽がいままたリバイバルしていることは間違いないんですが、だから還暦おじさんにとっての「いいメロディ」「いい曲」感が横溢しているっていうことで。

 

(written 2022.3.10)

2022/03/15

女ことば男ことばという幻想


(6 min read)

 

「〜〜だわ」「〜〜のよ」など、翻訳小説や映画字幕 or 吹き替え、あるいは外国人音楽家のインタヴュー邦訳なんかでも頻出する言いまわし。女ことばとされるものですが、現実には「そんなふうに話すひとって、ほんとうにいる?」という違和感をいだきます。

 

実際にはどこにもいないだろうという気がするので、いったいいつごろどこからこんなことばづかいが誕生して定着したのか?いまだに各種邦訳であまりに頻出するのはなぜなのか?ちょっと不思議に思えるんです。

 

「〜〜だぜ」系の男ことば(も日常で使っている男性はあまりいないはず)もふくめ、こういったことばづかいにおける “女らしさ・男らしさ” といったものは、実は社会が勝手に押し付けているだけのジェンダー・ステレオタイプであるに過ぎず、それゆえ一方的な性偏見に結びついているんじゃないかというのが、いまのぼくの見方です。

 

この手のことは、このブログでも以前ちらっと軽く触れたことがあります。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-fce602.html

 

60年の個人的な人生のなかでも、たしかにこんな「〜〜だわ」「〜〜のよ」なんていうしゃべりかたをする女性に会ったことがないですが、たった一人だけいるにはいました。以前LINEや電話でよくしゃべっていた茨城県在住50代女性。名をいま仮に晴美さんとしてみます。

 

晴美さんが、上記のような典型的な女ことばを電話でもLINEでも頻用していたのは、彼女自身が男女別のステレオタイプなジェンダー偏見にとらわれていたからだと思いますが、その理由のひとつに性風俗産業で働いていたからというのもあったんじゃないかと推測しています。

 

いはゆるデリバリー・ヘルスで長年仕事をしていたらしいんですが(ぼくがおしゃべりしていた時期には引退し茨城にあるJAの直売所で働いていた)、女性であるということを強く意識する、女性ならでは、女性らしい(ってなに?)ありかた、ふるまいをふだんから心がけていたんじゃないかという印象を、ぼくは抱いていました。

 

それは彼女が生まれ持った、あるいは生育歴から、そうなったとか、もとから社会におけるそういうジェンダー・ステレオタイプにとらわれてきた存在だったという面もあったかもしれませんが、デリヘル嬢として働く上で自然と身につけた処世術でもあったんじゃないかと思うんですよね。

 

でも、デリヘルとかの性風俗産業をちょくちょく利用していたぼくでも、晴美さんほど露骨な “女ことば” を連発する女性はほかにいませんでしたからね。仕事柄というよりも最初から彼女はそういう発想の女性だったのかもしれません。セックス関係などの話題、下ネタなどを遠慮なく話せる貴重な女性しゃべり相手ではあったのですが。

 

考えてみれば最近のぼくは、しゃべりかただけじゃなく一般的に、社会が勝手に押し付けてきた「男らしさ」「女らしさ」といったジェンダー・ステレオタイプを極端に嫌うようになっています。いはゆる男らしさの乏しい人間で、どっちかというとヤサ男、それでなかなか生きにくい人生を送ってきたから、というのが根底にあるかもしれません。

 

それがあった上で、近年のジェンダー意識のたかまりのなかで、主に女性やセクシャル・マイノリティやアライが発信している一個一個の発言や記事を読むと、そりゃあそうだよ!と心底納得・共感できるものが多いので、2019年ごろから徐々にぼくもその種の問題意識を強く持つようになって、現在まできました。

 

ことばの問題は人間存在の根源にかかわることですから、当然鋭敏になるでしょう。なので、ジェンダー意識がぼくのなかでたかまってくるにつけ、女ことば・男ことばといったステレオタイプというか、はっきり言って偏見だと思いますが、おかしいぞと考えるようになったんでしょうね。

 

しかしジェンダー論なんかをふだんまったく意識もしていない(性別にかかわらず)一般のみなさんだって、上であげたような「〜〜だわ」「〜〜のよ」「〜〜だぜ」みたいな典型的な男女別のことばづかいはふだんしていません。翻訳関係など特殊な場面にしか存在しない役割語でしかないのに、いや、だからこそなのか、そこに女らしさ/男らしさを感じとるというのはどうなんですか。現実にはことばの性差なんてほとんどありませんよね。

 

ことばの問題だけでなく、またジェンダー関係のことがらだけでもなく、ステレオタイプというものは差別や偏見やハラスメントを助長・補強して正当化してきたという歴史があります。もはやいまではそんなことに無意識裡にであれ加担したりする個人的にとてもしんどくつらいので、ぼくはもうやめました。

 

(written 2021.11.19)

2022/03/14

聴き手も歳をとらないとわからないものっていうのがある(3) 〜 ジェリー・ロール・モートン


(4 min read)

 

Jelly Roll Morton / from Last Sessions
https://open.spotify.com/playlist/2yuCIhJyRTZWrszhzACWR3?si=4345934a84664ba3

 

ジェリー・ロール・モートンの最終期録音を集めたアルバム『ラスト・セッションズ:ザ・コンプリート・ジェネラル・レコーディングズ』(1997年発売)がSpotifyにあったので、前半13曲の独奏パートだけ抜き出して上記のとおりプレイリストにしておきました。

 

1939年録音のそれらについては、以前2018年にも一度文章にしたことがあります。CDで聴いていたそのころすでに現在と似たようなノスタルジックでちょっぴりみじめな心境にぼくも近づきつつあったのですが。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2018/09/post-31e3.html

 

聴き手のこちらがいっそう年齢と経験を重ね、音楽の聴こえかた、とらえかたが変化してみると、それらモートンの最終期ソロ録音が以前にも増してより沁みるようになってきています。さびしげというか枯淡の境地により深く共感するようになりました。

 

1920年代にソロ・ピアノやバンドでの演奏で大活躍し、曲も演奏も著しく評価が高かったモートンですが、立派な音楽性とは裏腹に?パーソナリティにはかなり問題のある人物だったかもしれません。くわしいことはこれも以前書いたことがあるのでご一読ください↓
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/10/post-01d6.html

 

21世紀だったならなにかの精神障害であろうと診断・対処される可能性もあるんじゃないかと思いますが、第二次大戦前というあの時代では、ただの性格のゆがみ、人間的欠陥、悪人みたいにしか扱われなかったでしょう。だから友人もみなモートンから離れていくこととなり、1941年にわずか50歳で、まったき孤独のうちに亡くなりました。

 

1939年のソロ録音は、そんな晩年のモートンがピアノ一台をたったひとりで弾き、曲によってはしんみりとノスタルジックに朴訥とおしゃべりするみたいに歌っているというもの。それが13曲。みごとに枯れていて、静かでおだやかで、いまのぼくにはこれ以上ない心地いい雰囲気の音楽に聴こえます。

 

1920年代にもたくさんソロ・ピアノ録音を残しているモートンですが、あのころのようなシャープな斬れ味はもうここにはありません。齢を重ねタッチに締まりがなくなりややだらしなくなって、ただ自分の過去をしんみりふりかえるように淡々と指を運んでいるだけ。

 

たとえばフレッチャー・ヘンダスンやベニー・グッドマン、あるいはギル・エヴァンズまでなどビッグ・バンドにも転用されたモートン生涯最大のヒット曲「キング・ポーター・ストンプ」もここで再演されています。同じソロ・ピアノでやった1923年ヴァージョンの鋭さと比較すれば、枯れかたは一聴瞭然。

 

でもそれがいいと思うんです。なにもかも失ってひとりぼっちになった1939年のモートンが、これだけは失わなかったピアノと音楽でもって、往年の代表曲をやり、かつての躍動感はなくても静かな熟淡の味で、いまのやはりひとりぼっちのぼくをなぐさめてくれるんです。

 

そんなモートン晩年の深淡は、むしろヴォーカル・ナンバーでいっそうよく表現されています。「ワイニン・ボーイ・ブルーズ」「バディ・ボールデン・ブルーズ(アイ・ソート・アイ・ハード・バディ・ボールデン・セイ)」「メイミーズ・ブルーズ」「ミシガン・ウォーター・ブルーズ」など、これ以上のソリチュードとノスタルジーがあるでしょうか。

 

えもいわれぬよい香りで、聴き手のこちらが若かったころはこういった音楽のどこがいいのかよくわかっていませんでしたけれど、いまやモートン晩年のソロ録音みたいな枯れきったさびしげで孤独な音楽こそ癒しであり、ふわりと寄り添い心を暖めてくれるものだなあとしみじみ感じます。

 

(written 2022.3.3)

2022/03/13

聴き手も歳をとらないとわからないものっていうのがある(2) 〜 アラン・トゥーサン


(4 min read)

 

Allen Toussaint / American Tunes
https://open.spotify.com/album/0CvKQbws4lBM0UopcAn7OK?si=VQkqcWy1T5Kiw4H6H5z_Wg

 

死の翌年にリリースされたアラン・トゥーサンのラスト・アルバム『アメリカン・チューンズ』(2016)もリリースされたときにCD買って聴きましたが、そのときはどこがおもしろいんだろう?と感じていました。なんだかずっと同じモノ・トーンが続き、ちょっぴり退屈だとすら。

 

ところがこないだふと思い出すことがあって聴きかえしてみたら、これがとてもいい。こんなに美しい音楽だったのかって、いまごろようやくはじめて気がついて、リピートするようになりました。この音楽も最初からこうした美を放っていたはずですが、理解できるようになったのは聴き手であるぼくの側の変化ゆえです。

 

それは進歩なのか退歩か、たんなる老化かもしれません。歳とってきて心境に変化が現れたせいで、ハードでエッジのとがった音楽を徐々に遠ざけるようになり、うん、若々しい情熱と躍動感に満ちた音楽だっていまだに好きだけど、どちらかというと静かでおやだかにたたずんでいるようなもののほうがしっくりくるようになっているんですね。

 

スタジオでピアノにのぞむ最晩年のアラン・トゥーサンも、きっと似たような枯淡の境地にあったんじゃないかと想像します。遺作『アメリカン・チューンズ』は基本カヴァー曲ばかりのピアノ・アルバムなんですけど、激しいタッチはどこにもなく、ただただきれいなメロディをそのままやわらかくやさしくそっと弾くだけ。

 

それがいいんですよ、いまのぼくには。渋みが沁みるんです。もちろん以前からいいと思っていたラテン・アレンジによる「ワルツ・フォー・デビイ」(ビル・エヴァンズ)も、アバネーラで弾く「ダンサ、Op.33」(ゴットシャーク)もニュー・オーリンズ・ピアノならではという演奏ぶりで、すばらしいです。

 

もっといいなと感じるようになってきたのは、おだやかにひとりで黙って淡々と弾いているような2「ヴァイパーズ・ドラーグ」(ファッツ・ウォーラー)だったり、でありながらちょぴりのかわいげをみせるスタンダードの3「コンフェッシン(ザット・アイ・ラヴ・ユー)」だったり。

 

あるいはプロフェッサー・ロングヘアの三曲、4「マルディ・グラ・イン・ニュー・オーリンズ」、7「ビッグ・チーフ」、10「ヘイ・リトル・ガール」。これらはいずれもリズム・セクションを伴わないピアノ独奏で、アランはかなりゆったりとしたフィーリングで弾いています。ニュー・オーリンズ・スタンダードですから演奏者自身なじみすぎているくらいなものですが、静かでクラシカルなタッチもまじえながら、ぼつぼつしゃべる独白のようにつづっています。

 

これらフェスの三曲はこのアルバムで大きな意味を持っているように感じます。「ニュー・オーリンズ音楽をクリエイトした人物」とまで言われたアラン・トゥーサンが、死の間際にフェスの曲を独奏し、老境に達したおだやかな演奏を聴かせているわけですから、みずから原点回帰しつつ静かに終末を見据えているっていうような、そんな音楽です。

 

(written 2022.3.2)

2022/03/12

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(3 min read)

 

Curtis Mayfield / New World Order
https://open.spotify.com/album/4M8Zce860gRCdyv1hXOK32?si=F-RDbTS0RvKuj-JH-lyrrA

 

それでぼくも唐突に思い出し聴きなおしたカーティス・メイフィールドの遺作『ニュー・ワールド・オーダー』(1996)。これが出たときぼくは34歳、公私ともに好調だった時期で、あのカーティスがひさびさに新作をリリースした!首から下が不随で歌えないはずなのにどうやって?!という話題性のほうがあたまのなかで先行していたように思います。

 

2022年。あのころのぼくはいまやなく、持っていたものをほとんど失い、将来に向けて残されているのは不安と頼りなさと弱々しさだけ。人生の最終期への入口に立っていて、おだやかだけどダーカーな黄昏色がいや増すばかりですが、そうなってみればカーティスの『ニュー・ワールド・オーダー』みたいな音楽は聴こえかたが変わってきました。

 

大切なものをなくした喪失感や取りもどせない絶望とあきらめ、しかしそれは決して劇的なものではなくひっそりと平穏に心の底に常にありながら、つらく苦しい思いを重ねてきた結果たどりついた静かな日々の生活をつつがなく送っているという、そんな年齢と心境に達すると、カーティスの『ニュー・ワールド・オーダー』みたいな音楽が、心の芯に沁みるんです。

 

哀しみや苦しみやつらさ、平穏な諦観に寄り添ってくれる音楽だっていうか、カーティスがどんな気持ちでこういう歌を歌ったのかと想像するにやや恐怖すら感じますが、自分の人生はもう終わりだ、もうすぐ死ぬ、だけどもその代わりに新しい生命がいま誕生したじゃないか、それがニュー・ワールド・オーダーだ、というようなフィーリングが幕開けから最終盤まで横溢しています。

 

サウンドの色彩感も暗く夕暮れ的なものが支配的で、まさに「ダーカー・ザン・ブルー」なトーンに貫かれているんですが、この音楽にあるのはたんなる苦しみやあきらめだけではありません。これまでずっと人生をやってきた、いまはたしかに終末期だけど、かつての激しさやとんがりにとって代わっておだやかで落ち着いた静かな心境があるよっていう、そんな人間的説得力がこもっているんじゃないでしょうか。

 

こういった音楽に心の底から共感し、癒されるようになってきました。大事故で身体の自由が失われ音楽活動ができなくなって、どれほどのつらさや暗さ、絶望をカーティスは味わってきたことか、でもそれだからこそ最後にこんなおだやかであたたかい質感の音楽を残すことができたんです。

 

ほんとうに大きなものを失うことがなかったら決して産まれえなかった音楽、そういえます。

 

(written 2022.3.1)

2022/03/11

原田尊志の直感 〜 オマール・ペンとカーティス・メイフィールド


(3 min read)

 

Omar Pene / Climat
https://open.spotify.com/album/0wHn1XdgiZMsBWOcEa32H1?si=ta8RexhZRx6i7mY1k05EOA

 

Curtis Mayfield / New World Order
https://open.spotify.com/album/4M8Zce860gRCdyv1hXOK32?si=eUbBxwtmROqwCfoFSzsA5w

 

セネガルのオマール・ペン最新作『Climat』(2021)、ほんとうに気に入っているので、その後もくりかえし聴いていますが、自分でもブログに上げたあとエル・スールのHPで発見したこのアルバムの紹介文末尾に余滴のように添えられていた文章が、実は気になっています。
http://elsurrecords.com/omar-pene-climat/10/11/2021/

 

店主原田尊志さんいわく 〜〜

(それにしても、聴いているうちに、歌い手の資質も全然違うのだし、まったくもって、適切な喩えではないんですけど、なぜか、唐突に、カーティス・メイフィールドの晩年作を思い出してしまったということもありました。というようなことは、音楽的平衡感覚を失っている耳の持ち主であるワタクシ事でしかないのですが…)
〜〜

 

謙遜していますけど、ちょっと鋭い嗅覚じゃないでしょうか。

 

カーティス・メイフィールドの晩年作って1996年の遺作『ニュー・ワールド・オーダー』のことです。1990年のアクシデントで半身不随となって以後はこれしかないんですから間違いありません。

 

それとオマール・ペン『Climat』との共通性、それはひとことにして、おだやかで落ち着いたサウンド・フィールということでしょう。静かな諦観に裏打ちされたややダークな表情と陰で哀感に富む色調など、印象として通ずるものがたしかにあるなあと思いあたりました。

 

もちろん違いもかなりあります。オマールのほうは生演奏楽器でオーガニックにサウンド・メイクしているのに対し、カーティスのアルバムのベーシック・トラックは基本コンピューター打ち込み。終末感すら濃暗く漂うカーティスに比し、オマールの音楽には生の祝祭感もあります。

 

それでも4「Climat」や8「Lu Tax」といった哀感が支配するナンバーや、あるいは7「Fakatal」なんかでも、間違いなくカーティスのアルバムを想起させる暗さ、ダウナーさがあるし、それら以外の陽なナンバーでもオマールは落ち着いていてややダーカー。いったん沈み込み、それをバネにしなやかさで躍動するといったフィーリング。

 

音楽の種類もなにもかも違う二作ではあるんですが、言われてみてはじめてこれら二作の共通性に気がついてハッとしたんですね。原田さんの文章がなかったら、オマールでカーティスを思い出すなんてこと、なかったと思います。感謝ですね〜。

 

(written 2022.2.27)

2022/03/10

ブームのさなかでカリカチュアライズされたシティ・ポップ 〜 大貫妙子


(3 min read)

 

大貫妙子 / 朝のパレット
https://open.spotify.com/album/6wLdh3sWXYo3D8uADIFC07?si=Zrz4YKHMRri_d3PQMxNWnA

 

「♪ほしいものは異国のアロマ〜♫」と、しかもその「マ」でパッとおしゃれに転調するあたりといい、全体的になんだかパパッと朝飯前みたいにつくりましたっていうお手軽シティ・ポップに聴こえないでもない大貫妙子の新曲「朝のパレット」(2022)。配信オンリーです。

 

前も言いましたが、個人的にはずっと長いあいだ妙子の音楽にさほどの興味を持たず、最近ようやくちょっと聴くようになったのだって原田知世が二曲ほどカヴァーしていたからこそで、それがなかったら妙子をクリックしてみる気にならなかったかも。

 

もちろん近年の世界的なシティ・ポップ・ブームなんかとは無縁でいるわけで、ブームだからと立役者のひとりである妙子に目を向けたわけじゃありません。もちろん知世の音楽がそもそもシティ・ポップじゃないかというのはそのとおりですし、おしゃれで都会的に洗練されたジャジーな音楽が好きな性分なのも間違いありませんが。

 

ともあれ新曲「朝のパレっト」は、ひょっとして妙子自身近年のシティ・ポップ再興を受けて、それをかなり意識した上で、んじゃこんなのはどう?こういうのがブーム再来だというシティ・ポップのスタンダード・スタイルでしょ、自分にとってこれくらいなんでもないんですよっていうような、いはばカリカチュアとして成立しているものなんじゃないかという気がします。

 

軽いボッサ・ビートに乗せて、ジャジーでおしゃれに展開するメロディとコード進行とサウンド・メイク。歌詞なんかはステレオタイプなありきたりのフレーズをテキトーにつなげただけのもの。出汁をいちから自分でとってしっかりつくった料理じゃなく、スーパーで買ってきたお惣菜を三品ほど食器だけ替えてささっと食卓に並べたような、そんなお手軽さ。

 

あまりにも「らしさ」が徹底的に追求された半端ないスタンダード感満載なので、聴いているとかえってこっちが気恥ずかしくなってくるくらい。

 

シティ・ポップ・ブームまっただなかだからこそ出現しえた、ブーム・メイクの張本人による「これがシティ・ポップだ!」という宣言みたいなもんで、この種の音楽の特徴をつかまえて誇張した典型表現といえますね。

 

でも、聴いているとそれなりに心地いいです。

 

(written 2022.3.7)

2022/03/09

あまりにもコテコテなブルーズ・ジャズ 〜 フレッド・ジャクスン


(4 min read)

 

Fred Jackson / Hootin’ ’N Tootin’
https://open.spotify.com/album/3vFV7kbe21nznNK87wrADV?si=cRBAKfFjThaPQxKDfxdPfA

 

どっちかというとブルーズやリズム&ブルーズの世界で活動したらしいテナー・サックス奏者、フレッド・ジャクスン。ジャズ・ミュージシャンとしてもあまり知られていない存在で、ぼくだってこないだブルー・ノート・レコーズの公式ソーシャル・メディアが知られざる佳作ということでアルバムを紹介していたのが出会いでした。

 

そのフレッド・ジャクスン、どこの世界でも活動歴はサイド・メンバーとしてのものばかり。それなもんでいまや歴史の忘却の彼方にいるんだと思いますが(といってもまだ存命らしい)たった一つだけ、ジャズのソロ・リーダー作品を残しました。それがブルー・ノートの『フーティン・ン・トゥーティン』(1962)。

 

CDリイシューの際に拡大版も出たようでSpotifyにもありますがそれは無視して、1962年のオリジナル・アルバムに沿って話を進めると、全七曲。伴奏はオルガン・トリオ(ギター、オルガン、ドラムス)。

 

フレッド・ジャクスンも無名なら、この三人のサイド・メンバーだって、アール・ヴァン・ダイク(オルガン)、ウィリー・ジョーンズ(ギター)、ウィルバート・ホーガン(ドラムス)って、みなさん知ってました?ぼくが無知なんでしょうか?

 

1962年2月5日のワン・デイ・セッションでアルバムは録り終えられています。七曲いずれもフレッドのオリジナル。といっても変哲のないシンプルなリフ・ブルーズばかりで、これがいかにもくっさ〜い、60年前後のブルー・ノートにいくつもあったアーシーでソウルフルなファンキー路線まっしぐら。時代を感じさせる内容なんですね。

 

で、前から言っていますように、あの時代のこういったブルーズ・ベースのハード・バップで、鼻をつまみたくなりそうなほど臭くて下品なファンキーさ、アーシーさ、ブルージーさをふりまくものが、ぼくは大好物。

 

1曲目からそんなムード満開で飛ばしていますが、2曲目のスロー・ブルーズ「サザン・エクスポージャー」なんてねえ、なんですかこの臭さ!特にギターのウィリー・ジョーンズの弾くフレーズが、世にこれ以上のブルージーなプレイはないと言いたいくらいで、ブルーズ・ギターリストだってここまでやらないよねえ。

 

ハモンド B3を使ったオルガン・プレイもアーシーさ満開なら、ボスのテナー・サックスのブロウぶりも悶絶的です。いくら1960年前後のブルー・ノートにこの手のソウルフルなジャズが多かったとはいえ、ここまで匂いがキツいものもめずらしいのでは。

 

この手のハード・バップは、ある意味ロックやソウルと親戚です。もとをたどると1940年代のジャンプ・ミュージックから来ているものですからね。40年代ジャンプからはリズム&ブルーズが産まれましたが、同時にジャンプはビ・バップ(からつまりモダン・ジャズ)の母胎でもあって、リズム&ブルーズはソウルに変化したばかりか、ロック誕生にもつながったんですからね。

 

このへんの類縁関係を、きょう話題にしているフレッド・ジャクスンの作品『フーティン・ン・トゥーティン』を聴いていると、いまさらながら再認識します。嫌うひとは嫌うスタイルの音楽ですが、好みはともかく、アメリカ大衆音楽史の流れのなかで必然的に抽出された一滴であったことは忘れてほしくありません。

 

21世紀のいまとなっては、もうこんなジャズをやるひとはいなくなりました。

 

(written 2021.10.16)

2022/03/08

耳残りする声とメロディ・ライン 〜 ザ・レイヴェイ・コレクション


(2 min read)

 

Laufey / the laufey collection
https://open.spotify.com/playlist/1kDH8b5ySZElFUTiErRk1A?si=914f375fe904418d

 

いとしきレイヴェイが、いままでにリリースした全曲を本人みずから一個のプレイリストにまとめてくれました。それが上でリンクした『ザ・レイヴェイ・コレクション』。収録されている曲は2020〜22年発表で、この中国系アイスランド人歌手(アメリカ在住)はデビューして二年しか経っていません。

 

レイヴェイはフィジカルをまったくリリースしないという新時代の若手音楽家で、どんな曲も配信とInstagramに載せるだけなんですけど、いまのぼくにはそれでなんの不自由もありません。出会うべくして出会ったという感じでしょうか。

 

とにかくこのプレイリストで現時点では「ぜんぶ」なんで、レイヴェイってだれ?どんな曲を書きどんな声で歌うの?どんな音楽?ってことは、これを聴けば全貌がわかります。

 

多くの曲でサーッていうテープ・ヒスっぽいのとかプチプチっていうアナログ・レコードを再生する針音みたいなのが入っていますよね。もちろんレトロなムードをよそおってわざわざ入れているわけです。

 

そういった、たぶん1950年代あたりの音楽文化への眼差しがレイヴェイの音楽には間違いなくあって、そのころのジャズやジャズ・ヴォーカルもの、ジャジーなポップ・ソングへの憧憬みたいなものにそれとなくふんわり付きあいながら自分の音楽をつくっているんだなと、聴いていて思います。

 

曲のなかには聴き終えてもいつまでも耳のなかに残り、ふとしたときに、朝起きたときとか夢のなかですら、脳内で再生されているっていうような、そんな印象的でチャーミングなメロディ・ラインを持っているものがあって、ソングライターとして魔力的。

 

さらにこのちょっぴり仄暗い、低くたなびくようなふたつとないアルト・ヴォイスがなんともいえない切なさをかもしだしていて、こういった種類の音楽へのレトロな視線をムーディにかきたててくれています。

 

(written 2022.3.6)

2022/03/07

バルキースとハリージの昨今


(5 min read)

 

Balqees / Arahenkom
https://open.spotify.com/album/2LRigfiJlCjeTOLyWzlJge?si=EVHHWnYaQRq-dsvCvHAJEA

 

bunboniさんのブログで知りました。
https://bunboni58.blog.ss-blog.jp/2021-06-15

 

このブログBlack Beautyを2015年9月3日にはじめたとき最初にとりあげたのはハリージ歌手のディアナ・ハダッドで、翌年元日の記事もやはりハリージ歌手モナ・アマルシャを書き、うん、ちょうどそのころ、ぼくのなかでハリージ・ブームがあったんです。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-c19d.html
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2016/01/post-742f.html

 

個人的にというより世間で2010年代前半〜なかごろはハリージ・ブーム真っ盛りでした。アルバムが続々リリースされていたのに、しかしここ数年はパタリとニュースを聞かなくなりましたよねえ。大好きな音楽だったんですが、もうハリージは消えちゃったんでしょうか。

 

いやいや、音楽というよりダンスの名称であるハリージ、もちろんアラブ湾岸地域ではそんな簡単に終わってしまうはずがなく。ずっと前からあった民俗ダンス・ビートで、ポップ・アルバム化されリリースが相次いでブームになっていたのは一時期のことだったかもしれませんが、それが立ち消えになっても現地ではあいかわらずハリージにあわせて踊っているのでしょう。

 

とはいえ、ハリージで踊る習慣が日常的ではない日本人のぼくは、ただリリースされる音楽アルバムを聴いて、そのヨレてツッかかるような異様にギクシャクした変態ビートにひたすら快感をおぼえているのみ。すっかり作品が出なくなった昨今はちょっとさびしいなあと、過去のハリージ・アルバムを聴きかえしブログ開設当時の思い出にふけっています。

 

そんななか、2021年6月のbunboniさんの記事でひさびさに「ハリージ」の文字を目にして、ちょっと小躍りしちゃったんですよね。バルキースというイエメン系UAE(アラブ首長国連邦)人歌手で、その2017年作『Arahenkom』もみごとなハリージ・アルバムです。17年というとハリージ・ブームが下火になりはじめていたころでしょうか。

 

バルキース本人でしょう、どうしてボクシング・グラブをはめているのか意味不明なジャケット写真はおいといて(意味不ジャケがたまにあるアラブ歌謡界)、中身の音楽は充実しています。ビートの効いたハリージ・ナンバーが中心ですが、ちょっと注目すべきはバラード系の充実です。

 

ハリージ・ナンバーでもサウンドが洗練されていて、ありがちな土着的泥くささは消えています。それが音楽の魅力を増すことにつながっていますよね。バラード系なら1曲目「Aboya Waheshni Geddan」、7「Hakeer Alshouq」、10「Yakfi」、12「Ajouk」。どれも歌える実力を持つバルキースのヴォーカルをきわだたせるメリハリの効いたアレンジで、みごとです。

 

特にバラードでありかつハリージ的でもあるっていうラスト12曲目は聴きもの。アルバム全体の音楽傾向を象徴する内容で、ハリージにしてやりすぎず、バラードにしてただのしっとり系でもないっていう、そのちょうどいい中間的な折衷具合はプロダクションの勝利でしょう。バルキースの歌も聴かせます。

 

もちろん2、3、4、5、6、10、12曲目あたりのダンサブルなハリージ・ナンバーも楽しくていいですね。もとがアラブ湾岸地域の大衆ダンスであるハリージですが、そのブームが去った背景には、激しい泥くささよりもジャジーに洗練されたスムースでおだやかな音楽が世界的に主流になってきたからということがあるかもしれません。

 

2017年リリースのバルキース本作を全体的に見渡すと、うっすらとかすかにではありますがそんなジャジー・ポップな世界的潮流が流れ込んでいるかのように聴こえる展開もあったりして、これなもんだからイビツなハリージが人気を長く維持できるわけなかったんだなあと納得できたりします。

 

ハリージ、たまに聴くと楽しいんですけどね。

 

(written 2021.12.18)

2022/03/06

マイルズのポジティヴィティ 〜 BLMミュージックとしての『ジャック・ジョンスン』


(4 min read)

 

Miles Davis / Jack Johnson & others
https://open.spotify.com/playlist/48sWBcRkDploXAlIzUolsV?si=7212fb13baff4a42

 

こないだからマイルズ・デイヴィスのアルバム『ア・トリビュート・トゥ・ジャック・ジョンスン』(1971)が一部でだけちょっぴり話題を集めていますよね。なぜなんでしょう、Mobile Fidelityが高音質盤のLPとSACDでリイシューしたから?先の2月24日が71年のオリジナル発売日だったから?

 

ともあれ、これがむかしから大好きなぼくにはうれしいことで、思い出すいいきっかけになりました。1970年4月録音を中心に組み立てられた『ジャック・ジョンスン』はジェイムズ・ブラウンとスライ&ザ・ファミリー・ストーンへの言及をふくむブラック・ジャズ・ロックの傑作で、しかもいま2020年代にはBLMミュージックとして聴けるという意義があると思いますよ。

 

1974年リリースの二枚組だった『ゲット・アップ・ウィズ・イット』なんかもそういった側面がありますが、パワーとポジティヴィティは『ジャック・ジョンスン』のほうがさらに上。1970年2〜5月ごろのスタジオ・セッションでのマイルズは、シンプルなギター・トリオ編成でこうした音楽をどんどん展開していました。

 

黒人ボクサーにして世界ヘヴィ級チャンピオン、ジャック・ジョンスンの伝記映画のために制作された音楽だというのが、どんな人生を送ったボクサーだったのかをふまえると、いっそうこの音楽のBLM的意味へとつながっていきます。しかしそんな映画サウンドトラックを、という要請がセッション時にあったわけじゃありません。

 

マイルズは勝手きままにどんどんスタジオ入りしてはセッションをくりかえし、ティオ・マセロもテープを止めずに全貌を記録していただけで、ジャック・ジョンスン伝記映画サントラをというリクエストを受けたティオが録音済み音源を利用してそれらしく仕立てあげただけです(ティオは映画サントラが得意なプロデューサーで、人生でいちばん成功したのも『卒業』のサントラ)。

 

ですが、そうしてできたアルバムがジャック・ジョンスンみたいな人物を描く音楽として、結果的にだったとはいえ、これ以上なくぴったりハマりこんでいるという事実、アメリカ社会で黒人としてプライドを持ち前向きに生きるという力強く鮮明なマニフェストみたいに聴こえるという事実が、とりもなおさずこの時期のマイルズ・ミュージックの現代的価値を決めているんじゃないかと思います。

 

『ジャック・ジョンスン』などこの時期のマイルズ・ギター・ミュージックにあるこのサウンドとビートに鮮明に聴きとれるポジティヴさと力強さ、そして肯定感こそが、2020年代にこの音楽をBLM運動のためのものと再解釈できるなによりのヴィークルでしょう。

 

そうした人間的プライドに支えられた人種意識と気高さが21世紀的なブラック・アメリカン・ミュージックとBLMの特質で、約50年前の音楽なれどマイルズの『ジャック・ジョンスン』などはピッタリそれを表現できているように聴こえます。

 

(written 2022.3.5)

2022/03/05

アシッド・ジャズなサウンドと現代的ビート感 〜 ストラータ


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Str4ta / Aspects
https://open.spotify.com/album/0tqYDk3OIAK4k2YKacZnBr?si=cZZ55vFhQc2VDUiOQGqUWg&dl_branch=1

 

とにかく文句なしに心地いいビート。

 

ストラータと読むんでしょうか、Str4ta。ジャイルズ・ピータースンと、インコグニートのブルーイという二名によるプロジェクトで、そのファースト・アルバム『アスペクツ』(2021)は1980年代ふうなアシッド・ジャズ/ジャズ・ファンクな雰囲気満点で、ぼく好み。

 

特にこのビート感がもうたまらなく最高ですよ。ジャズ系のブリット・ファンク最盛期のあのサウンドがここによみがえっているという印象で、あのころ、ぼくもたくさんUK盤CD買いました。ソウル II ソウルとかUs3なんかにも連絡しているもので、それ系のファンにはこたえられない音楽でしょう。

 

ビートはどっちがつくっているんでしょうね、たぶんジャイルズかな、この1980年代ふうアシッド・ジャズなビート感が快感で、身をゆだねているとほんとうに心地いい。それに、このドラミング、だれが叩いているだとかはあまり関係なく、ジャイルズがつくったこのビート感が最高なんですよ。

 

ブルーイのほうは辣腕ギターリストでもあるということで、このアルバムでも随所にキレのいいカッティング・リズムを入れ込んでいます。サウンドの方向性はブルーイもかなり指示したでしょう。インコグニートのあの感じがここにはありますからね。アシッド・ジャズ的な要素にはブルーイもかなり貢献したかも。

 

しかしかつての、1980年代の、あのサウンドがここによみがえったというだけではない現代性がこの音楽にはあります。現代ロンドン・ジャズの重要人物モージズ・ボイドなんかもこのストラータが好きだというのからわかるように、クラブ・シーンで輝く、ノレる、踊れる要素満載なんですよね。そこにはヒップ・ホップを通過したからこその感覚が活きているように聴こえます。

 

この手のアシッド・ジャズなサウンドが好き、なつかしい、文句なしに好きだという向きにも推薦できるし、ビートだけでできているようなこの音楽はロー・ファイなど現代的ビート感に親近感をおぼえる(音楽感性的)新世代にもウケそうです。

 

(written 2021.8.28)

2022/03/04

ポップ・フュージョン前の渡辺貞夫充実期の過去作を配信してほしい


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https://www.sadao.com/discography/

 

ジャズ・アルト・サックス(&ソプラニーノ&フルート)奏者、渡辺貞夫さん壮年期の過去作が、あまりCDリイシューもされないし、サブスクなど配信となるとどれもまったくありませんよねえ。ファンであるぼくはだいぶ悔しい思いを重ねてきています。

 

CDでも配信でもぜんぜんリイシューされていないぞと思うのは、1960年代末ごろから70年代なかごろにかけての諸作の一部。たとえば『パストラル』(69)、『モントルー・ジャズ・フェスティバルの渡辺貞夫』(70)、『ペイサージュ』(71)、『渡辺貞夫リサイタル』(76)なんかはCDですら一度も出ていないんじゃないですか。

 

1974年の東京ライヴ『ムバリ・アフリカ』は二度CDリイシューされ、また『渡辺貞夫』(72)や『スイス・エア』(75)も一度はCDになりましたので、ぼくも買いました。それをMusicアプリ(旧名iTunes)に入れてあっていつでも聴けるからいいんですけど、サブスクだとこれらもぜんぶありません。

 

Spotifyで貞夫さんのカタログをさがすと、初期のストレート・ジャズ時代のものはまずまずあります。その後はずっと一作もなく、1977年の『マイ・ディア・ライフ』からようやく見つかりはじめ、その後はコンスタントに現在の作品まで載っています。しかしなぜだか81年の傑作『オレンジ・エクスプレス』だけは姿がないという、そんなありさま。

 

どうなっているのでしょうねえ。忘れられないことですが、LPレコード時代に貞夫さんのトータル・キャリアをじっくり追いかけてたどっていた身としては、ポップ・フュージョン期に突入する直前、1970年代前半ごろの貞夫ミュージックがかなりおもしろかったという記憶があります。

 

ビ・バップのコピーからはじめた貞夫さんですが、アメリカ留学およびそこでの重要人物との出会いを経て、ブラジルやアフリカの音楽文化を吸収しそれをモダン・ジャズと融合させ、あらたな時代の音楽として表現する取り組みを開始したのが1960年代末〜70年代初頭でした。77年の『マイ・ディア・ライフ』からがポップ・フュージョン期で人気も獲得しましたが、その直前がかなり興味深かったんです。

 

しかしいまとなってはそれをたどって検証しようにも、聴けないんですからどうにもなりません。むずかしいことを考えたり言ったりしたいというよりも、単純に楽しかったからもう一回聴きたい!と思っているだけなのに、多くの作品がどうにもならず。過去にリリースされていたアナログ・レコードを中古でさがして買うしかないのかなぁ…と思うと、正直ガッカリです。

 

いちばん上でリンクしておきましたように貞夫さんには公式サイトがあって全作品のディスコグラフィーが掲載されています。だれでも見ることができますが、音楽ですからね、聴けなくちゃお話になりませんよ。一部CDリイシューすらしないというのにはなにか理由があるんでしょうか?!サッパリわかりません。

 

ましてやいまはサブスク全盛時代。ちょっと気になった音楽家の過去作を、パッと探して見つかればすぐそのまま手軽に聴けて具合いいっていう、そういう時代です。ひとによってはその場でちょっと聴いてみるだけでしょうが、なかにはサブスクでじっくり舐め尽くすようにアルバムを聴き込んで堪能・吟味し考察をはじめるという人間だっているんです、ぼくだけじゃないはず。

 

『マイ・ディア・ライフ』(1977)以後の貞夫ミュージックこそポップで人気があるんであって、いまさら1970年代前半の、あの荒削りだった時代の貞夫さんの音楽なんかだれも見向きなんかしないぞと考えるひとがもしいるのならば、聴いたことがない証拠です。若くて荒削りであったがゆえのエネルギーとナマナマしい迫力、リアリティに満ちていたんですから。

 

渡辺貞夫フュージョンが1970年代後半に一息に完成したんじゃない、それなりの準備段階やプロセスがあったのだ、ということをいま一度実際の音で確認・検証し、貞夫ミュージックの足跡をたどりながら、あの時代もそれなりにすばらしかったということを、ぼくだったらもう一回ぜんぶ通して聴きかえして楽しみたいですけれど。

 

(written 2021.12.8)

2022/03/03

ゼップの『フィジカル・グラフィティ』とストーンズの『タトゥー・ユー』は似ている


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Led Zeppelin / Physical Graffiti
https://open.spotify.com/album/4Q7cPyiP8cMIlUEHAqeYfd?si=ICOP38hCSj6h4g1014fUkw&dl_branch=1

 

The Rolling Stones / Tatto You
https://open.spotify.com/album/4F0eas0fmQSnb490QxZbD1?si=3xG-I3iXTN2l5D-a0B4FVw&dl_branch=1

 

レッド・ツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』(1975)とローリング・ストーンズの『タトゥー・ユー』(1981)には共通点があります。どちらも当時の新リリース・アルバムでありながら、新録は少なくて、過去の未発表音源を流用してお化粧をほどこしたものが多く収録されているということです。

 

どんな音楽家でも、新作プロデュースにあたり新録じゃなく過去音源を使う、混ぜるというのはよくあることだと思うんですけれども、それでも特にロック・ミュージックの世界では、あらたにリリースするアルバムのプランを組み、曲も書いて用意して、というパターンがビートルズ以後一般化したでしょう。

 

なので、ツェッペリンの『フィジカル・グラフティ』とストーンズの『タトゥー・ユー』はやや例外的なような気がするんですよね。ツェッペリンのばあいは1973年のアメリカン・ツアーを終了して同年暮れから新作の準備のためにスタジオ入りしたものの、ジョン・ポール・ジョーンズの脱退騒動が起きてしまい、一時中断を余儀なくされていました。

 

それが収束して74年春にレコーディングが再開し、結局多くの曲ができあがってしまったので、そこからLP一枚に収まるように削るよりも、過去に録音済みの曲を持ってきてふくらませ二枚組で発売したらどうか、となったみたいです。

 

それで、新録八曲にくわえ、『レッド・ツェッペリン III』、『(四作目)』、『聖なる館』のために録音済みだった未発表音源七曲が足され、結果的に新録と旧作が半々くらいの割合でアルバムに入り混じる結果となりました。

 

ストーンズのほうはといえば、1980年の『エモーショナル・レスキュー』発売にともなうツアーが一年延期され、そのツアーに間にあわせるため急遽次のニュー・アルバムのリリースが必要とされました。にもかかわらず当時のミック・ジャガーとキース・リチャーズは不仲だったため新曲づくりが進まなかったのです。

 

そのためプロデューサーのクリス・キムジーが、これまでにストーンズが残してきた膨大な未発表音源を調べあげることにして、未完成のベーシック・トラックにオーヴァー・ダブを施していくという手法を選択しました。『タトゥー・ユー』に収録された曲のほとんどは、過去のセッションからのアウトテイクをもとに制作したものだとみなさんご存知のとおり。

 

ツェッペリン、ストーンズいずれの作品とも、できあがりに統一感があって、聴いて流れに違和感のないアルバムにしあがっているのは、ひとえにエンジニアの尽力のたまものなんですね。ツェッペリンはキース・ハーウッド、ストーンズのほうはボブ・クリアマウンテン。

 

そのおかげで、年代も録音場所もバラバラである楽曲群が統一感のあるサウンドに聴こえるわけです。特にストーンズをてがけたボブ・クリアマウンテンは辣腕エンジニアとしてこの後一世を風靡していくことになりましたが、世に出たきっかけがストーンズの『タトゥー・ユー』でした。

 

しかもそんな間にあわせ的に制作・リリースされたものなのに、ツェッペリンの『フィジカル・グラフィティ』もストーンズの『タトゥー・ユー』もヒットしました。バンドのキャリアを代表する傑作とまで評価されるようになって、ちょっと皮肉なことですよねえ。

 

さらに、ストーンズにとっての『タトゥー・ユー』は、象徴的な時代の転換点にあった重要作ともなりました。これにともなうツアーはライヴ・アルバム『スティル・ライフ』となって発売もされましたが、スタジアム・サイズのツアーを全世界的にくりひろげるようになる最初だったのです。現在でも続くストーンズのライヴ・スタイルを導いた最初の作品だったと言えます。

 

(written 2021.10.3)

2022/03/02

ちょっぴりレトロなラテン・ポップ・ビッグ・バンド 〜 ビーグル!


(2 min read)

 

Bigre! & Célia Kameni / Tumulte
https://open.spotify.com/album/20PfM1hrhO9GDGXMoROt1i?si=m7uDa14_TnOUF1HF0JvOtg

 

リヨンを拠点とするフランスのビッグ・バンド、ビーグル!(ディスクユニオンの表記はなぜかビグレ!だけど)。2021年新作『Tumulte』もラテン・ミュージック方向に傾いたというかそれがベースにある音楽をやっています。

 

ややレトロなムード、ヴィンテージ感覚をただよわせているのがビーグル!の魅力の一つなんですが、それはフロントでヴォーカルをつとめるセリア・カメニのキュートでコケティッシュな味のおかげでもあります。

 

それ+、バンドの音楽も1930〜50年代ふうのラテンというかアフロ・キューバン・ミュージックをやっているので、ぼくら世代より上くらいだとなつかしさというか一種のノスタルジーを感じてニンマリするっていう、そんな音楽じゃないかと思います。いまや若い世代にはそれがかえって新鮮かも。

 

ラテンだけでなく、そもそもジャジーな要素もあるし、ソウルフルだったりファンクっぽかったりもして、しかも多くの曲で楽器奏者のアド・リブ・ソロもしっかり聴けて、それがまた充実しているっていう、つまりラテンを軸にさまざまな音楽をミクスチャーした内容になっているのがいいです。

 

おしゃれでカッコよくもあるし、レトロなフィールはここ数年の時流とも合致しています。1930年代ふうテイストまでをも感じさせるセリアのチャーミングなヴォーカルとあわせ、現代に好感を持って迎えられそうなアルバムですね。

 

(written 2022.2.21)

2022/03/01

音楽家サイドは公式サイトに新作の基本情報を載せてほしい


(4 min read)

 

タイトルでぜんぶ言っていますけれども、ホントこのとおりです。いまどき公式ホーム・ページか公式ソーシャル・メディア・アカウントを持っていない音楽家はいないくらいですが、新作のレコーディング・データをきっちり載せているか?となると、まだまだと言わざるをえません。

 

なぜこれを言うかというと、サブスクで音楽を聴くのが主流になったからです。レコードなりCDなりであれば、付属ブックレットに演奏パーソネルやその他各種データが載っているでしょう(CDでもやらないアンガームみたいなケースもたまにあるけど)。

 

けれど、もういまやフィジカルじゃなくサブスクで音楽を聴く時代。そのままでは新作の基本情報が入手できません。そこがどうしても気になる、というのはぼくがジャズ聴きで古いタイプの音楽ファンだからかもしれませんが。

 

でも、あっ、ここのこのギターいいな、このツヤっぽいサックス・ソロはだれが吹いてんの?みたいなことが気にかかるというのは、ある意味とうぜんでしょう、それが人間の心理というものですよ。

 

ところが、それを知る手がかりがないんです。フィジカルを買わなかったら。

 

だからネットで検索するんですが、どうしても見つからないってことがあります。CDなり買ってよというメッセージかもしれませんが、もはや2022年にもなってねぇ、そりゃないぜ。時代の流れに逆行しているでしょう。なんども書いていますけど、一枚2000円前後のフィジカルと、ひと月980円のサブスクとでは、貧乏人に選択の余地はないんですから。

 

というわけでサブスク聴きの熱狂的音楽リスナーにとっては、パーソネルなどレコーディング・データを知るのはネット検索がすべて。マジですべてです。でも、いちいちここにあるかな?あ、ないね、じゃあこっち?とさがしまわらなくても、公式サイトですぐわかるようになっていればどんだけ便利なことか。

 

ぼくが公式サイト(か公式ソーシャル・メディアでの投稿)に載せてほしいと思う情報は以下のとおり。

 

・演奏パーソネル
・各曲の作詞・作曲者
・プロデューサー、アレンジャー
・録音スタジオ(ライヴのばあいは会場)
・エンジニア、ミキサー
・できれば録音年月日
・ジャケットのアート・ワークをてがけたデザイナー、フォトグラファー

 

こういった情報、過去の名作みたいなものであればたいていWikipediaがあって、ほぼどれもわかるんですけども、問題は新作ですよ。新作でもよっぽど有名で注目度も高い音楽家の注目作ならWikipediaが速攻でできることもあります。

 

でもそんなケースはレアなので、ネットで音楽家名とアルバム名で検索しまくって、それでどこかに載っているのを参考にしているわけです。公式サイト、レコード会社のHP、CDショップのサイトなどなど。それで見つからなかったら当該音楽家のソーシャル・メディア・アカウントをさがします。

 

そこまでやってもどうしても見つからない、どこにも載っていないというばあいがわりあいあって、困ったもんだなあと思っていますよ。テキスト情報が載せられないっていうのがサブスク最大の欠点で、これを補うため、リスナーの利便のために、音楽家や会社側は積極的にこの手のレコーディング・データをネットに公式掲載してほしいと、強く強くお願いします。

 

(written 2021.9.29)

2022/02/28

ジェイムズ・ブラウンの2022年的再構築 〜 ストロ・エリオット


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Stro Elliot, James Brown / Black and Loud: James Brown Reimagined
https://open.spotify.com/album/4ysy6umDtSHhJ84ebHElVu?si=POBRJH3kTmCNzvjTnscaZg

 

ヒップ・ホップ・グループ、ザ・ルーツの現行メンバーでマルチ楽器奏者、DJ、プロデューサー、ストロ・エリオットによるジェイムズ・ブラウンのリミックス・アルバム『ブラック・アンド・ラウド:ジェイムズ・ブラウン・リイマジンド』(2022)は、ここ数年のBLMムーヴメントと共振して誕生したんじゃないかと思えます。

 

JBくらいの大物になると「簡単に触っちゃダメ」「リミックスなんて必要ない」という声もたくさんあるでしょうが、ひるまず果敢に歴史と対話して連続性を証明してみせたストロ・エリオットの気概に敬意を表したいですね。

 

ストロはJBのヴォーカルだけ基本的にオリジナルをそのまま使いながら、伴奏の楽器群を大胆に入れ替えています。特にリズム・セクションはまるきり全面的に差し替えているというのに近く、聴いた印象ではビート感がまったく違って、現代的に更新されているなとわかります。

 

そのことでストロはJBがそもそも持っていた強力でヴァイオレントなナマの身体性をよりいっそうむきだしにして、さらにパワフルなフィーリングに仕立て上げているように聴こえますね。このばあいのパワーとはつまり2020年来のBLM運動でブラック・アメリカンたちが怒りと抗議の声をあげているそのパワーということです。

 

それを表現せんがためストロは新しいビートをJBミュージックに付与しているわけですが、考えてみればJBはもともとBLM的な考えかたを1960年代から強力に推進してきたアメリカ黒人音楽界のファースト・ランナーでした。当時は公民権運動のさなかでしたが、2020年代のBLMムーヴメントへとそれが連続している、意味は失われていないというのを痛感しますね。

 

いまの時代にJBがブラック・コミュニティで大きく再評価されるとすれば、まさにこの一点にかかわっているんじゃないかとぼくは思います。あの時代からアメリカ社会で黒人としてプライドを持って生き、音楽をつくり、歌い叫び、闘ってきたことが、音楽的にはヒップ・ホップの素地であり、社会的にはBLMの先駆であったと。

 

ジェイムズ・ブラウンの永続性と強固なポジティヴィティを2020年代にこれ以上パワフルに表現してくれた音楽は、いまのところありません。

 

(written 2022.2.26)

2022/02/27

わさみんカヴァーズをサブスクに


(5 min read)

 

Spotifyなどサブスクで聴けるわさみんこと岩佐美咲は、全10曲のシングル表題曲(+1)だけ。これではあまりにもったいない、むしろカップリングのカヴァー曲やアルバム収録曲をこそサブスクで聴けるようにしてほしいという声はそこそこあります。

 

わさみんカヴァーズのなかには超絶名唱としてファンのあいだで語り継がれているものだってあるんですからね。おおまかに濃厚抒情演歌系とライト・ポップス系に大別できると思いますが、ヴァーサタイルな歌唱能力を持つ美咲はいずれも同じように歌い同じようにぼくらを感動させてきました。

 

濃厚抒情演歌系では、やはりなんといっても「風の盆恋歌」(「佐渡の鬼太鼓」特別盤C、2018)が絶品。石川さゆりが初演ですが、身を焦がすような切なく苦しい実らない恋情をつづったこれはわさみんの持ち味にピッタリですし、実際、2018年2月恵比寿でのコンサートで披露されたとき、ぼくをふくむその場にいたファンはみんな泣いたんです。

 

あまりにもすばらしかった、ぜひまた聴きたい、発売してほしいとの声が高まり、それを受けるようにスタジオで歌いなおしたものが同年八月にCDリリースされました。しかしこれもサブスクにはなし。どんなに絶品だと泣けど叫べど、ちょこっと試聴してもらうことなどかないません。CD買ってよ、と言うしかなく、いまどきもはやそんなのねえ。

 

「旅愁」(「佐渡の鬼太鼓 」特別盤A、2018)や「遣らずの雨」(「恋の終わり三軒茶屋 」特別盤B、2019)もすばらしいできばえ。もともと美咲はずっと前からこの手の演歌を歌うときに才能をみせてきた歌手で、ファースト・アルバム『リクエスト・カバーズ』(2013)からすでに「越冬つばめ」みたいな佳品がありました。

 

その後も『美咲めぐり ~第1章~』(2016)には「北の螢」「なみだの桟橋」があったし、同時期に発売された「石狩挽歌」(「鯖街道」通常盤、2017)もみごとな歌唱でした。しかしどれもこれもCD買うしか聴く方法がないんですからね。んも〜、徳間ジャパンのいけず!

 

ライト・ポップス系なら、たとえば「20歳のめぐり逢い」(「初酒」生産限定盤、2015)なんか、もう最高じゃないですか。そしてなんといっても「糸」!これ、これですよ、美咲史上最高傑作かもしれないとの声まであるこれこそ、サブスクで聴けるようにしてほしい第一位。2017年5月の弾き語りコンサートで披露され、録音されてそのまま同年の「鯖街道」(特別記念盤)に収録発売されました。

 

美咲のこのヴァージョンの「糸」は、同曲全歌手全カヴァー中でもNo.1といえるんですが、サブスクにない以上、ぼくらファンがどれほど絶賛しようとも美咲を知らない音楽リスナーが手軽にちょっと聴いてみることなどできません。

 

美咲のこの「糸」にかんしては、やや苦い思い出もあります。ブログでたびたびとりあげて称賛してきましたが、たまたまあるとき2021年にあるかたとおしゃべりしていて、ブログ更新のSNS通知でみかけたんだけど、どこで聴けますか?すごくいいんでしょ?えっ、CDしかない?う〜ん、それじゃあねえ、もういまどきCDじゃないとっていうのはちょっとねぇ、と言われ、結局そのまま退かれてしまいました。

 

せっかくちょっとだけでも興味を示してもらうチャンスが来たんだから、それを逃さず聴いてみてもらうことが肝心だと思うのに、みすみすあきらめるしかないなんて…。

 

そのかたはApple Musicの常用者だったんですけど、ホント、こういうことが間違いなく日常的に頻発していると思います。ちょこっと興味を示されることがあっても聴いてもらえない、聴かれなかったらどうにもなんないでしょ、音楽なんだから。どうか公式発売された美咲の全楽曲をサブスクに入れてほしい>徳間ジャパンさん!

 

「風の盆恋歌」とか「20歳のめぐり逢い」とか「糸」とか、ちょちょっと耳にしてもらうことさえできれば、美咲がどんだけすばらしい歌手なのか、わかっていただけて、ファン拡大に、つまり売り上げ増につながるのは間違いないと思うんですよ。

 

(written 2022.2.23)

2022/02/26

誇り高き孤独 〜 リアノン・ギドゥンズ「思ひで」


(2 min read)

 

Silkroad Ensemble with Rhiannon Giddens / 思ひで
https://www.youtube.com/watch?v=O2N4diCfP5c&t=8s

 

能地祐子さんのツイートで知りました。
https://twitter.com/oreberry/status/1494665302269128705

 

音楽集団シルクロード・アンサンブルと二代目芸術監督リアノン・ギドゥンズが、鈴木常吉(セメントミキサーズ、つれれこ社中)の「思ひで」(『深夜食堂』オープニング曲)をカヴァーしました。昨2021年11月、マサチューセッツはケンブリッジでのライヴ・パフォーマンス。これが絶品です。

 

シルクロード・アンサンブルからコントラバスとハープだけを従えて、リアノンは常吉の日本語原詞のままカヴァーしています。常吉の「思ひで」だって、もとはといえばアイリッシュ・トラッド「プリティ・ガール・ミルキング・ハー・カウ」ですから、リアノン&シルクロード・アンサンブルがやるのにそんな意外性はありませんけど。

 

でも日本語詞のまま、それをアメリカでやるというのはなぜだったのか、考えてしまいます。いずれにせよリアノンらのヴァージョンは、孤独感、寂寥感が著しくきわだっていた常吉のオリジナルに比し、高らかに飛翔するというような誇りに満ちた美しさをまとっているのが最大の音楽的特徴。

 

それにより、常吉オリジナルの表現していた人間のかかえるソリチュードが美的に昇華されていくかのような心持ちがするっていう、そんなパフォーマンスじゃないでしょうか。ハープもベースも音の粒だちがきわめてよくて、録音状態がすばらしいせいでもあるんですが、リアノンが完璧な日本語で歌う孤高のプライドを実にクッキリとふちどりしています。

 

と同時に常吉の「思ひで」が、もとからワールド・ミュージック系の越境的なひろがりをはらむ普遍的な曲だったのだということにも気づかされ、あまたの日本語曲からこれをチョイスしたリアノンとシルクロード・アンサンブルの慧眼にも感心します。

 

(written 2022.2.25)

2022/02/25

ラテンなハード・バップのB級作品 〜 ベニー・グリーン


(5 min read)

 

Bennie Green / Back on the Scene
https://open.spotify.com/album/19v2KYL9fSmB3nOBA0oTFf?si=V5lrrnulTZuY9c3MgKMjeQ&dl_branch=1

 

なんでもトロンボーンという楽器を「鈍くさい」といって嫌うひともいると知ったのは、2005/6年ごろ、mixiでのこと。ジャズ・コミュニティでおしゃべりしていてでした。世のなかホントいろんな嗜好があるもんです。

 

そんな嫌われもの?ジャズ・トロンボーン奏者のひとり、ベニー・グリーン(Bennie Green)が残したアルバムのなかでぼくが最も好きなのは、1958年の『バック・オン・ザ・シーン』。まずなんたってジャケットがいいです、渋いけど味があって。

 

それ以上に、アルバムの大半でラテン・リズム・フィールが横溢しているのが最高に好み。ハード・バップにだってよくあるパターンではありますが、ここまでラテン・テイストで一貫している作品というのも少なかったのでは。いや、ジャズのなかにラテンは抜きがたい要素としてありますけれども。

 

といってもですね、本作の全六曲中、最後の二曲でラテン・リズムはまったく聴けません。ごくありきたりのハード・バップです。ぼくが言っているのはその前の四曲ってことなんですね。

 

1曲目の「アイ・ラヴ・ユー」なんか、コール・ポーターの書いたなんでもないスタンダード・バラードなのに、出だしのこのリズムを聴いてください。ピアノ(ジョー・ナイト)とドラムス(ルイス・ヘイズ)が共同でラテン・リフを演奏しているでしょう、それがイントロで、サビを除くテーマ演奏部だってラテン風味。

 

こういうのがぼくは大好物なんです。この曲もソロ・パートになるとメインストリームな4/4拍子で演奏しているっていう一般的なハード・バップ・マナーですけどね。最終テーマ演奏部はやはりラテン・ビートを効かせてあって、イントロと同じラテン・リフをアウトロとして使い、そのままフェイド・アウト。

 

2曲目「メルバズ・ムード」なんか、もう完璧なるラテン官能バラード。この手の曲想にはトロンボーンという楽器の音色がよく似合います。作曲者のメルバ・リストンもジャズ・トロンボーン奏者ですよ。

 

ここでのベニーらによるヴァージョンは、アフロ・キューバン好きだったホレス・シルヴァーによる1958年当時のタッチを思い起こすよう。「セニョール・ブルーズ」とか、あの手のやつ。「メルバズ・ムード」も最高の一曲です。

 

3曲目がおなじみのスタンダード「ジャスト・フレンズ」で、これも1曲目同様テーマ演奏部でラテン・リズムにアレンジしてあるっていう(ソロ・パートはメインストリーマー)。このへんまでくれば、ラテン・リズムがベニーのこのアルバムを通底するムードなのかも?と気づきます。

 

4曲目「ユア・マイン・ユー」はとてもプリティでリリカルなバラード。ラテンの片鱗すらない感じで進みます。しかしその前半のベニーのトロンボーン・プレイがチャーミングできれいで、こういったバラードをつづるのにトロンボーンという楽器はまたとない絶好の楽器だと納得しますよね。

 

二番手で出る短いテナー・サックス・ソロ(チャーリー・ラウズ)も雰囲気をそのまま引き継ぎますが、すぐまたふたたびベニーのトロンボーンにチェインジして、そのまま最後まで。ベニーによるテンポ・ルバートのコーダ部になって、あぁ終わるんだ、と思った刹那、突如ピアノとドラムスがラテン・リフを演奏するんです。

 

ほんのちょっとのあいだのことですけれど、これがこの曲の演奏全体のいいアクセントになっているじゃないですか。コーダ部でこうやってラテン・フックを軽く効かせることで、バラード・ナンバーとしてのコクと深みが出ています。

 

特にどうってことない、この時期のブルー・ノート・レーベルにはたくさんあったありきたりのB級作品ではありますが、ふだんセロニアス・モンクのもとで演奏しているときよりもハツラツとしているように聴こえるチャーリー・ラウズもいいし、なかなかどうして見過ごせない一作ですよ。

 

(written 2021.10.11)

2022/02/24

人生の辛苦と充実 〜 坂本冬美『LOVE SONGS III』


(2 min read)

 

坂本冬美 / 愛してる…LOVE SONGS III
https://open.spotify.com/album/6sl028rYpUdpP4KFte7ysu?si=ElrZhuYVRWS8stl0GMouPQ

 

きのう書いた坂本冬美2009〜15年の『Love Songs』シリーズ全六作。そのうち三作目の『愛してる…LOVE SONGS III』がかなりすぐれていて感動したにもかかわらずプレイリストに入れなかったのは、これだけ例外的に傾向が異なるアルバムだからです。

 

というのもこのシリーズはすべて古い歌謡曲スタンダードのカヴァーで構成されているのに対し、この三作目だけは全曲オリジナルなんですよね。どの曲も冬美のこのときのレコーディングのために新たに書き下ろされたもの。

 

そういうわけで『Love Songs』シリーズのなかでは異様なありようを示しているこの三作目、内容の傑出具合も異様です。カヴァー/オリジナルの別を言わなければ、シリーズ中最高傑作に違いありません。

 

曲そのものがどれもすばらしいですが、特にタンゴふうのアコーディオンまで入ったラテンな4曲目「愛に乾杯」、切々とした感情を実にたまらないフィーリングでつづる5「遠い波音」、6「いとしいひと」、このあたりなんかはもう泣そうになっちゃうくらい。「遠い波音」なんか、この歌詞いったいだれが書いたの?と思うほど切ないけど、村山由佳なんですね。

 

いずれもこのアルバムのために用意されたオリジナル・ソングですから、有名曲のカヴァーばかりっていうこのシリーズを通して聴いていたとき、最初あれっ?と感じたのも納得です。と同時に、この哀切感が濃厚にただようオーケストレイションとヴォーカルはタダモノじゃないぞと震えもしました。

 

そう、どの曲も当然初耳で、しかもたいへんすばらしいのでビックリしたんですよね。このアルバムでの冬美しか歌っていないので、世間的な知名度はゼロですが、すばらしいので、ぜひ一度耳を通してほしいと思います。

 

終盤10曲目「人時(ひととき)」と11「そしてまた会いましょう」には、この悲恋感に満ち満ちた作品をみごとに転換し締めくくるポジティヴ・フィーリングがあって、人生の辛苦と充実をみつめかみしめてきた人間にしか書けず歌えない強い説得力を放っています。

 

(written 2021.11.22)

2022/02/23

21世紀のアダルト・オリエンティッド歌謡曲 〜 坂本冬美『Love Songs』シリーズ


(5 min read)

 

坂本冬美 / LOVE SONGS ベスト
https://open.spotify.com/playlist/0hn865M9Wc4eF1EcPwZKa9?si=96cae94be7684725

 

2021年10月初旬に観にいった坂本冬美のコンサートで最も感心したのは「白い蝶のサンバ」「喝采」という二曲のカヴァーでした。オリジナルから大きく姿を変え、しっとりおだやかで落ち着いたバラードになっていたんです。

 

そんな冬美ヴァージョンが初耳だったぼくはちょっとビックリし、感動もして、調べてみて、それら二曲がそのままのアレンジで冬美2013年のカヴァー・アルバム『Love Songs IV〜逢いたくて逢いたくて』に収録されていることを知りました。

 

そこから芋づる式にたぐってわかったんですが、冬美はこれをシリーズ化しています。2009年の『Love Songs 〜また君に恋してる〜』にはじまり、15年の『LOVE SONGS VI〜あなたしか見えない〜』まで、トータル六作。

 

いずれも遠い過去に歌われたラヴ・ソング系歌謡曲のカヴァー集(Vol. IIIを除く)で、演歌は一つもなし、歌謡曲やポップスだけがとりあげられています。それもけっこう古いものっていうか1970年代の曲が中心なんですね。『VI』は和訳洋楽オールディーズ集です。

 

シリーズ・トータルで全72曲5時間2分。じっくり聴いて、なかでも秀逸だと個人的に思えるものだけ23曲を抜き出してプレイリストにしておいたのがいちばん上のSpotifyリンク。かなりしぼったつもりですが、それでも一時間半を超えています。まずまずのセレクションができたんじゃないでしょうか。

 

むしろ冬美カヴァーでこそ知られるようになった「また君に恋してる」(ビリー・バンバン)とかもありますが、オリジナルから有名なスタンダード・ソングが多いです。「あの日にかえりたい」(荒井由美)、「安奈」(甲斐バンド)、「哀愁のカサブランカ」(郷ひろみ)、「オリビアを聴きながら」(杏里)、「精霊流し」(グレープ)などなど。

 

それら以外だって、みなさんどこかで聴きおぼえがあるだろうというものばかりで、あたかも日本歌謡史総まくりみたいな面だってある冬美のこの『Love Songs』シリーズ。特筆すべきはアレンジ/プロデュース・ワークと冬美のヴォーカル・スタイルです。

 

この手の古い歌謡曲やオールディーズばかりを選曲したということは、どうもCD購買層を50代以上〜還暦前後の世代と想定して、そこにフォーカスしたんだろうというプロデュース意図を感じますが、どの曲もアレンジをオリジナルとは大きく変えてあります。

 

アダルト・オリエンティッド歌謡曲とでもいうような、しっとり落ち着いたおだやかなリズムとサウンドを軸に、ジャジーなムード満点でふんわりとくるんでいるんですよね。調べてもアレンジャーがだれだったのか出てこないんですが(CD買えば書いてある?)、シリーズ・トータルを一人で手がけたのかもしれない?という統一感があります。

 

メイン・ターゲットを高年層にしぼったことで、曲のアレンジもそんなリスナー向けのおだやかな大人のサウンドでキメているということなんですが、冬美のヴォーカルにもそんなプロデュース意図が伝えられたに違いなく、本来領域である演歌を歌うときとはかなり様子が違います。

 

コブシもヴィブラートも派手な声の出しかたもすべて消し、ナチュラル&スムースな発声とストレートな歌唱法に冬美は徹しています。それが大成功していると思うんですよね。従来的な有名歌謡曲にあたらしい相貌を与えていると言えます。

 

選曲のよさと意外さ、ジャジーでおだやかでまろやかなアレンジ・ワークの徹底、抑制の効いたヴォーカル・スタイルのあざやかさ 〜〜 これら三位一体で、冬美の『Love Songs』シリーズはもはや過去のものだった古い歌謡曲・流行歌を21世紀にみごとに蘇らせていると言えるでしょう。

 

同じ冬美の『ENKA』シリーズ(2016〜18)や徳永英明の『VOCALIST』シリーズ(2005〜15)をてがけたアレンジャー坂本昌之の仕事に共通するスタイルを感じるんですが、どうも坂本ではないみたいで、だれがアレンジャーだったのか、ほんとうに知りたいです。

 

いずれにせよ、ここ10年くらいのポップスではこういったサウンドとヴォーカルがメイン・スタイルになってきているのは間違いありません。

 

(written 2021.11.20)

2022/02/22

ぼくにとってはこれが最高の「ハウ・ロング・ブルーズ」 〜 ダン・ピケット


(4 min read)

 

Dan Pickett / Baby How Long
https://www.youtube.com/watch?v=TYLyQFeUWDg

 

知るひとぞ知るといった存在の米カントリー・ブルーズ・ミュージシャン、ダン・ピケット。第二次大戦後の1949年にフィラデルフィアのゴッサム・レーベルに録音した十数曲がすべてで、それ以外どんな人物だったのかもまったく謎。

 

ダン・ピケットについては、以前も一度書きましたね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/12/post-f412.html

 

フィラデルフィアの会社に録音したといっても長旅の結果であったに違いなく、残された音源を聴けばあきらかに南部のギター弾き語りカントリー・ブルーズ・ミュージシャンであったとわかります。ミシシッピ・デルタ・ブルーズの影響も濃いです。

 

ダン・ピケットが残した録音のうちぼくがこよなく愛するのが、どんなアルバムでも1曲目に来る「ベイビー・ハウ・ロング」。曲題だけでもわかりますが、かのリロイ・カー最大の代表曲「ハウ・ロング・ブルーズ」のカヴァーです。この曲のことがそもそも大好きですが、ダン・ピケットのヴァージョンはといえば、こ〜りゃもう至高のものとしかぼくには思えないわけです。

 

これが収録されたPヴァイン盤『ロンサム・スライド・ギター・ブルース』CD発売が1991年。90年代に山ほど出た古いブルーズ音源リイシューものの一環で、ぼくはこれを店頭で見かけるまでダン・ピケットなんて名前すら聞いたことありませんでした。

 

でも雰囲気のあるジャケットとアルバム題に惹かれたんですよね。それでなんとなくの直感みたいなものでレジへ持っていったと思います。自宅へ帰って聴いてみて、1曲目の「ベイビー・ハウ・ロング」に強い衝撃を受けました。こんなに魅力的な曲があるのか?こんなに沁みるブルーズ・ギター&シンガーがいるのか?と。

 

間違いありませんが、このとき1991年が、リロイ・カーのこの有名曲を知った最初でした。ひょっとしたらリロイ・カーの名前すらも知らなかったし、だからこの曲に星数ほどのカヴァー・ヴァージョンがあることなんてつゆ知らず。でもそれらを知ったいまでも、このダン・ピケットの「ベイビー・ハウ・ロング」こそ、ぼくにとっては最高のヴァージョンだと思えてなりません。

 

つまり、シティ・ブルーズの代表的名曲であるリロイ・カーの「ハウ・ロング・ブルーズ」に、南部カントリー・ブルーズとして出会ったのだということです、ぼくは最初。

 

ザクザクとギターで刻むビート感はまさしく南部カントリー・ブルーズのもので、それがあまりにもチャーミング。歌うがごときスライド・プレイもいいですよね。ダンはときおり歌のフレーズ末尾を一部歌い切らず、そのまますっとスライド・ギターに置き換えているパートもあります。

 

また、この塩辛いヴォーカルがいいんですよね。歌い出しの「ナウ、ベイビー・ハウ・ロング/ア〜、ツッ、ハウ・ロング」のパート、ここだけでもう降参です。特に2節目の音程を独自に装飾してマイナー調に歌うところ、胸をグッとつかまれてしまいます。

 

むずかしいことはなにもやっていない、ギター・ビートとスライドでの繊細な歌い、そしてこのヴォーカルと、たったそれだけでこれだけの小宇宙を創造してしまうあたりといい、素材は超有名ブルーズ・スタンダードだけどダン・ピケットにしかできないオリジナルみたいに仕上げているところといい、ぼくにとってこれ以上のカントリー・ブルーズはありません。

 

(written 2021.8.20)

2022/02/21

2022年2月19日の会話より

(8 sec read)

 

Facebookメッセンジャーで。相手はプリンスが好きな美容室経営の友人スタイリスト。

 

(written 2022.2.19)

2022/02/20

心おだやかに 〜 比類なきルーマーの『ナッシュヴィル・ティアーズ』


(3 min read)

 

Rumer / Nashville Tears
https://open.spotify.com/album/14rdSyKf6e1XzE157DlHyo?si=mFSijf_FRPW7ixQxZlyFXg

 

大好きルーマーの2020年作『ナッシュヴィル・ティアーズ』のことは、その年にすぐ聴いて感想を書きブログにも上げました。カレン・カーペンターとかノラ・ジョーンズとかのファンでしたら、ルーマーも一聴の価値ありですよ。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/10/post-4b7b3d.html

 

この『ナッシュヴィル・ティアーズ』を、近ごろまたふたたびどんどん聴きなおすようになっています。リリース当時いいねと思ってかなり聴きましたが、また違った意味でよりいっそう沁みるようになってきているんです。

 

きっかけは正月にレトロ・ポップスの記事とオーガニック・ミュージックの記事を書いたこと。そういう方向を自分で明確に意識するようになってみると、ルーマーは、もちろん前からそんな趣向がありはしたものの『ナッシュヴィル・ティアーズ』はこれまたいっそうそうじゃないかと強く感じるようになりました。

 

くわえて大きなことだったのは、3曲目「オクラホマ・ストレイ」が傷を負った野良猫と心を通いあわせる人間とのつらく悲しい出会いと別れのストーリーだと知ったこと。ある晩なんか聴きながら泣いちゃいました。ほんとうにハートブレイキングな一曲。

 

淡々と静かに弾かれるアクースティック・ギターだけの伴奏ではじまって、しばらくするとペダル・スティールとかフィドルとか(薄いドラムスとか)もからみはじめるんですけど、その上でやさしくそっとおいていくように、静かにことばをつづっていくルーマーのヴォーカルによって、悲痛がいっそう胸に迫ってきます。

 

続く4「ブリスルコーン・パイン」の切な系メロディも、この歌手の端正で美しい声で歌われてこそ沁みるし、15「ハーフ・ザ・ムーン」出だしのアクギ・カッティングとマンドリンのからみの美しさとか、16「ネヴァー・アライヴ」はピアノ一台だけの伴奏でたたずんでいるおだやかな様子とか。

 

アルバム全編とことん<オーガニック>ということにこだわったサウンド・メイクも、いまのこの2020年代にこれ以上のプロデュースとサウンド・メイクはないなぁと言い切りたいほどすばらしい絶品です。

 

電子楽器はいっさいなし、電気だってベースと(一部の)ギターだけで、それも控えめ。徹底的にアクースティックな人力生演奏で組み立てたのは、とりあげられているのがすべてヒュー・プレストウッドというポップ・カントリー系ソングライターのブックであるということも関係あるんでしょうし、ルーマーの資質も考慮に入れてのことでしょう。

 

仕上がりは決してカントリーっぽいサウンドにはならず、しっとりと湿っていてしかもやわらかくおだやかな情緒を感じさせるルーマーのこの比類なき美声こそ、人間味あふれるプレストウッドの世界を歌うにふさわしい最高のものだと実感します。

 

(written 2022.1.16)

2022/02/19

オギとハギ

(3 min read)

 

荻原さんブログ → https://bunboni58.blog.ss-blog.jp
萩原さんブログ → https://kenta45rpm.com

 

音楽関係で、bunboniこと荻原和也さんと、萩原健太さんのそれぞれブログは個人的に最大の情報源なんですけど、お名前を書くときに、ぼくは漢字の「荻」(オギ)と「萩」(ハギ)という二つの字体を区別できない人間なんですね。

 

書くときだけじゃなく読むときだって、どっちの漢字が来てもあれっオギだっけ?ハギだっけ?ってわからなくなってしまうっていう。

 

ある種のビョ〜キかと思います。

 

この二つの漢字の違いを(デジタル・ディバイス普及前に)ちゃんと学ばないままこの歳まで来てしまったからなんでしょうねえ。よく似ていてまぎらわしいといえばそうじゃないかとは思うんですが、お名前の漢字表記を間違えるなんて、やっぱりやっちゃいけないことですから。

 

といってもMacのかな漢字変換システムに任せてあるんで、おぎわら/はぎわらでスペース・キーを打って出てきたのをそのまま使っているだけなんですが、その際にじっくり確認しなおさないのがよくないんですよねえ。パッと見、一瞬ではわかりにくいような感じですからなおさら。ゴメンナサイ。

 

オギワラさんに一度指摘されたばかりか、ハギワラさんにも、直の指摘じゃなかったんですけど一、二度ご自身のブログ記事中カナ書きで「ハギワラです、よろしく」みたいにおっしゃってあったのは、ひょっとしてそういう意味だったのかも?という気がして、心配で。間違えたこと、ありましたっけ?

 

実を言いますと、ぼくもよく名前の漢字表記を間違えられる人間で、「戸嶋」(としま)なんですけど、頻繁に「戸島さん」「豊島さん」と書かれます。以前はそのたびに修正していましたが、多くてキリがないし、ぼくを呼んでくれているには違いないと思うから、あまり言いにくくなって、最近は。読みだって「とじま」「こじま」と言われることがかなりあります。

 

書きでも読みでも名前を間違えられるとやっぱり気分よくないっていうのをだれより自分自身が長年経験し続けてきているというのに、荻原/萩原を間違えちゃいけませんよね。コツとしては、くさかんむりの下が「あき」なのがハギってことですか。オギはけものへん。まぁそれしか違わないわけですが。

 

実際問題、書くときはパソコンやスマホの変換機能に任せてあります。だからシステムの辞書が間違っていなければ出てくる文字は正しいはずと思いますが(じゃあなぜ以前は一度間違えた?)、テキスト・アプリに表示された漢字をしっかり確認しなおす習慣をつけることにします。

 

荻原さん、萩原さん、今後ともよろしくお願いします。

 

(written 2022.2.5)

2022/02/18

カムカム効果?のサッチモ人気

(5 min read)

 

Best of Satchmo 1925-1933
https://open.spotify.com/playlist/0hnTD1H0miwSU55zDb2ovJ?si=b77e8aea8d9a4038

 

なんか、ブログのアクセス解析をみていると、最近サッチモことルイ・アームストロングについて書いた記事がどんどん読まれるようになっています。アメリカは南部ニュー・オーリンズ生まれの黒人ジャズ・トランペッター&シンガーで、1971年没。

 

それも第二次大戦後に録音したアルバムの話題じゃなくて、1920〜30年代のオーケー・レーベルに吹き込んだ古典的録音について書いたものに人気が集中していて、こりゃなんじゃろう?いくらレトロ・ブームだからって、なんかおかしいぞと。

 

理由がちっともわからずにただ不思議がっていたんですけど、ついこないだ、NHK朝の連続ドラマ『カムカムエブリバディ』のことを知りました。どうやらそれがサッチモ再注目の原因みたいです。

 

聞きかじった話じゃ、そのドラマのおかげでサッチモのベスト盤CDがジャズ・チャートを上昇してもいるそうです。こんなネット記事も見つけちゃいました↓
https://www.jiji.com/jc/article?k=2022021400786&g=soc

 

へえ〜、これだったらね、すぐには気づくわけないですよ。なんたってぼくんちにはテレビジョン受像機がないんですから。音楽だけに全神経を集中したい、そういう人生になったと思ったから、2016年に処分してNHKの受信契約も解除しました。テレビ番組の話題を遠ざける日々ですからね。

 

そんなぼくでも、サッチモやその音楽が再注目され人気もあがっているとなれば気になってしかたがないので、ネットで朝ドラ『カムカムエブリバディ』のことをちょちょっと調べてみました。ジャズに関係したその番組内容はみなさんご存知のようなので、ここで記す必要はありません。サッチモは深津絵里の役どころ「るい」(!)の愛称みたい。

 

それで、2015年にはじめたようなブログで、こんだけサッチモの古い録音について書きまくってきた人間って、たぶんぼくだけじゃないかと思いますよ。それくらいサッチモの音楽がいまでも好きで好きでたまらない、時代の流行とか(テレビ・ドラマのおかげとかなにかで)ホットな話題だとか、いっさい関係なく愛聴し続けてきました。

 

ぼくが書いたサッチモ記事、いちばん最初はこれ↓

 

・サッチモの最高傑作は「ディア・オールド・サウスランド」だ
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/09/post-946f.html

 

実はこれが最もアクセス急増中で、カムカム以前にはまったくといっていいほど読まれていなかったんですけれども。1930年録音という古い一曲を話題にしたものですからね。でもホント美しく、感動的なので、ぜひちょっと聴いてみてください。
https://www.youtube.com/watch?v=MPjQJ9lgG98

 

そのほか主だったと自分で思えアクセスも増えているものをちょっとだけご紹介すると…

 

・サッチモの古い録音を聴いてほしい
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/08/post-13e085.html

 

・サッチモ 1925~27
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/192527-bfc3.html

 

・サッチモ 1928
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/1928-f5ad.html

 

・サッチモ 1929 - 33
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2017/06/1929---33-d736.html

 

特に音楽内容には踏み込まず、ただただサッチモを聴きながら生前の写真を眺めているだけで気分がいい、微笑ましい、それくらい好きだっていうのが以下の記事↓

 

・サッチモの写真を見るのが好き
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-c658.html

 

これと関連しますが、サッチモの音楽に対する取り組みかたとはどういうものだったのか、ということをふりかえって考えて書いたのが以下↓。とりあげているアルバムは戦後録音のものですが、このひとの姿勢は1923年のデビューからずっと一貫していました。

 

・没後半世紀目に考える、サッチモとジャズ・エンターテイメント
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2021/08/post-958354.html

 

これら以外にもたくさんあるんで、お時間とお気持ちのあるかたは検索してみてください。

 

サッチモはジャズの全歴史上最もビッグな存在であり、史上最も強い音楽的影響を後続のミュージシャンたちにおよぼしました。トランペットやヴォーカルといった楽器にかぎらずです。ジャズという枠をも超えて敬愛を集めた存在で、20世紀以後のアメリカン・ミュージックでは最大のイコンなんですね。

 

なにぶん録音も音楽スタイルも古いため、いまではかえりみられることが少なくなり、音楽的にどう偉大だったのかということを熱く語るひともほとんどいなくなりました。でも伝え継いでいかなくちゃ。なんたって聴けば文句なしに楽しいんですから。

 

テレビ・ドラマ『カムカムエブリバディ』がそのきっかけをつくってくれたのであれば、そして2022年という時代にサッチモがふたたび注目され、ひょっとしてその古典的録音がまた聴かれるようになっているのであれば、これ以上のよろこびはありません。

 

(written 2022.2.17)

2022/02/17

バラディアーとしてのマイルズの真価 〜「I Fall in Love Too Easily」


(4 min read)

 

Miles Davis / I Fall in Love Too Easily
https://open.spotify.com/track/32YZWXNhOd70F19BZSU73w?si=d0375e814d0d4496

 

同じ曲の話をなんどもしてごめんなさい、でも昨晩22時半すぎ、なにげなく流していたプレイリストでふと耳に入ってきたマイルズ・デイヴィスの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」で、思わず泣いちゃった。

 

マイルズ1963年のアルバム『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』の3曲目なんですけど、この作品はウィントン・ケリー、ジミー・コブらがいたレギュラー・バンドの解散後、次のニュー・バンドを結成するまでの端境期に録音されたものです。

 

正確には二種類のセッションで構成されていて、2、4、6曲目が新しく結成したばかりのニュー・クインテット(ジョージ・コールマン、ハービー・ハンコック、ロン・カーター、トニー・ウィリアムズ)による初録音。それ以外の三曲はその直前にロス・アンジェルスでセッション・ミュージシャンを起用して誕生しました。

 

ハービーらで構成されるニュー・クインテットは、その後1968年まで目覚ましい大活躍をすることとなり、マイルズの音楽生涯を通しても一つのピークだったといえるほどなので、だから63年の『セヴン・ステップス・トゥ・ヘヴン』はその最初の入口にあるものと捉えられることがほとんど。

 

ですが、ぼくの見方は違います。このアルバムの聴きどころは、ワン・ホーン編成によるLA録音のバラード三曲。ハーマン・ミュートでどこまでも切なくリリカルに吹くマイルズの持ち味が存分に発揮されていると思うんですよね。

 

音楽的なシャープさ、新時代を先取りする気概、溌剌としたバンドの躍動感などはまったくないそれら三曲こそ、だからゆえにかえって、バラード吹奏におけるマイルズのチャームを理解するのにもってこいですし、ほんとうに美しいとぼくは心から感動します。

 

これは40年以上前からずっといだき続けている実感なんですけど、低評価ぶりと、ニュー・クインテットによる若々しいみずみずしさが聴ける三曲との落差が大きいので、あまりおおっぴらに公言できないままのマイルズ・リスナー人生でした。

 

とはいえ過去にこのブログで一度だけ記事にしたことはありますけれど。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2015/10/la-15b3.html

 

なかでもA面ラストだった「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」でのマイルズの切なさ極まる演奏ぶりは絶品。伴奏(ヴィクター・フェルドマン、ロン・カーター、フランク・バトラー)も肝所をおさえた職人芸で、ため息が出ます。

 

この曲はコロンビア時代の1945年にフランク・シナトラが歌ったのが初演で、シナトラ好きだったマイルズは、それが理由でとりあげたに違いありません。線の細い頼りなさげで女性的なハーマン・ミューティッド・トランペットのサウンドは、シナトラの味とはだいぶ違いますね。

 

マイルズの「アイ・フォール・イン・ラヴ・トゥー・イーズリー」、四人でどこまでも淡々と静かにおだやかにこの切ないメロディをつづっているようでいて、しかしそれでもやや熱を帯びているかと思える瞬間もあり、内に秘めた爆出しそうな孤独と哀感を音楽的にきれいに蒸化していく様子に、バラディアーとしてのマイルズの真価を聴く思いです。

 

みずみずしい三曲に比べ、それらには表現が円熟しきった退廃すら感じられ、それも理由でぼくはずっと愛してきました。

 

(written 2022.2.16)

2022/02/16

アンゴラとブラジルをつなぐ打楽器ハーモニー 〜 ルシア・ジ・カルヴァーリョ


(2 min read)

 

Lúcia de Carvalho / Pwanga
https://open.spotify.com/album/2xNQJC823l3SCJbVxL2Dt3?si=atTnWFrcQCy2rdpF50Bpng

 

ルシア・ジ・カルヴァーリョはアンゴラのルアンダ生まれ、フランスを拠点にずっと活動してきた歌手ですね。最新作『Pwanga』(2022)は音楽的にブラジリアンといっていい内容で、そもそもルシアが在籍していたフランスのグループ、ソン・ブラジルはその名のとおりブラジル音楽をやっていたそう。

 

新作にはシコ・セザール、ゼー・ルイス・ナシメント(バイーア出身のパーカッション奏者)、アナ・トレア(サンパウロのシンガー)いったブラジル勢も参加していて、+アンゴラ人ミュージシャンといった編成みたいです。

 

バイーア色が濃いかなと感じるんですが、派手な打楽器群の乱打を中心にビートの効いたアフリカン・ルーツな音楽をやっています。っていうかそもそもアフリカ人なわけですけど、ルシアはブラジルをいったん経由して、それを足がかりにアフリカを眺望するといった視点を持っているのが特徴。

 

そんな傾向は1曲目から爆発しています。2曲目はちょぴりアラブ音楽ふうな旋律とこぶしまわしが聴けて、こりゃなんじゃろう?と思いますけど、基底部のビート感はまぎれもなくアフロ・ブラジリアンです。

 

はじめて聴いたルシアのヴォーカルには溌剌としたはじける元気のよさがあります。それでもキャリアなりの落ち着きも感じられ、いまいちばんいい時期なのかもしれませんね。強い発声でパンチの効いたノビのある歌をくりだす歌手で、こぶしもまわっています。

 

ヨーロッパでマルチ・カルチュラルな仲間たちと活動を続けながらブラジル音楽をやって、そのなかにあるアフリカ要素をとりだし強調することで、自身のルーツをみつめディグし、アイデンティティを確立しているような音楽だと思えます。

 

(written 2022.2.13)

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2022/02/15

ブラジリアン・ギターリスト+ラージ・アンサンブル 〜 ロメーロ・ルバンボ&ラファエル・ピコロット


(2 min read)

 

Romero Lubambo & Rafael Piccolotto Chamber Orchestra / Live at Dizzy’s
https://open.spotify.com/album/20q3L5EuQaKVBcQbiujlfS?si=ZILxWZm7TsCujSHtTKqmTQ

 

リオ・デ・ジャネイロ出身、ブラジル人ジャズ・ギターリストのロメーロ・ルバンボが、同じくブラジル出身在NYの作編曲家ラファエル・ピコロットの編曲・指揮するラージ・アンサンブルと共演した北米ニュー・ヨーク・ライヴ『ライヴ・アット・ディジーズ』(2021)が、ちょっといい。

 

アクースティック・ギターリストが主人公であるとはいえ、そんな目立つようにソロなどたくさん弾いているという印象は薄く、むしろアンサンブル主体で演奏が進行します。どっちかというとラファエルの仕事を聴かせるというアルバムなんでしょうか。

 

それでもそこそこギター・ソロもありますけどね。サンバやボサ・ノーヴァ、特に後者のスタイルでアレンジされているものが多く、曲はオリジナル中心ですが、なかにはややびっくり「ルート 66」みたいなスタンダードもあったりして。それには女声ヴォーカリストが参加しています。やはりボッサ・ジャズといった趣きで、ロメーロのソロもあります。

 

上でも言いましたが、弾きまくりギターをフィーチャーしているというよりも、アンサンブルのなかのパーツの一個としてうまくはめ込んでいるプロデュースぶりで、その点、かつてのウェス・モンゴメリーを想起させる内容ですね。ドン・セベスキーやクラウス・オガーマンとやったやつ。

 

実際ラファエルのアレンジも迫力とスケールがありながらきめ細かくて、そのなかを縫うように走るロメーロ(やアコーディオンやサックスなど)のソロもスケールが大きく、聴いていてとても楽しいし心地いい。8「Paquito in Bremen」みたいな優雅なバラードで聴かせるやわらかくたおやかな味も絶品です。

 

(written 2022.2.7)

2022/02/14

コロナ時代だからこその加那 〜 平田まりな


(3 min read)

 

平田まりな / 加那 〜 古典コンテンポラリー すべての愛しきに向けて〜
https://open.spotify.com/album/4Z4nFTdD4ydYsexei546AI?si=eH4VpByvReKsdNUHCjE7Dg

 

三線で弾き語る奄美の島唄者、平田まりなの新作アルバムが出ました。『加那 〜 古典コンテンポラリー すべての愛しきに向けて〜』(2022)。まりなについては、以前2019年のデビュー作をとりあげて書いたことがありましたね。
https://hisashitoshima.cocolog-nifty.com/blog/2020/01/post-eac552.html

 

そもそもまりなにはひめまりという二人組ユニットで出会ったんですが、ひめまりのほうはニュースを聞かなくなったので、活動休止中ということなんでしょうか。それでもまりな単独で二作目が出て順調に活動していて、うれしいです。↓写真はひめまり。

音楽家ですからね、御多分に洩れずコロナ禍で苦労していることはふだんのソーシャル・メディア投稿からもうかがえて、今回の『加那』もCDを全国的に展開すべくの対人販促イベントなどほぼできず。それでも一作目『跡(アシアト)』とのコロナ時代らしい大きな違いはSpotifyなどサブスクで聴けるということです。

 

さらに、一人弾き語りだけで構成されていた前作に比し、今回は祖母の松山美枝子がお囃子でほぼ全曲に参加。そうじゃないラスト7曲目では従姉妹の西平せれながハンド・パンを演奏しているっていう、奄美島唄でハンド・パンが聴けるなんて、思っていなかったです。

 

そのハンド・パンが聴こえる7曲目「行きゅんにゃ加那」ですけど、まずはハンド・パンだけの伴奏に乗りまりなが歌いはじめます。ヴォーカル・スタイルは三線弾き語りのときとなにも変わらないとはいえ、こんな奄美島唄はまったく聴いたことないぞと思う斬新なサウンドスケープで、引き込まれます。途中から三線もくわわると、ますますいい香り。

 

これ以外の六曲は従来的な奄美民謡の趣きですが、今回すべての曲題末尾に「加那」ということばが付いています。アルバム題にもなっているわけですが、これは「愛しい人、好きな人」を意味する奄美語だそう。コロナ時代だからこそ自分の歌を届けたいというまりなの気持ちが伝わってきますよね。

 

松山美枝子が参加していることでサウンドにふくらみとひろがりが出ているし、まりな自身の三線と歌は以前と変わらないシャープさと丸み。いっそう強靭さを増したんじゃないかとも思えるトーンで、声の色には独特の憂いや哀感を保ちながらも、三線の音色はどこまでも鋭敏。

 

ファミリアーな親近感とか落ち着きも聴けるなと感じるのは、一族三名でつくりあげた音楽だということにくわえ、まりな自身の成長ということと、やっぱりこんな時代だからこそ歌で愛を届けたいという思いが結実したものでしょう。

 

(written 2022.2.12)

2022/02/13

そばに音楽があればいい


(6 min read)

 

たとえばマイルズ・デイヴィス。1975年夏の一時引退前はもちろんのこと81年の復帰後もしばらくのあいだ、コンサート・ステージで自分の順番じゃないあいだはバンドの演奏が進行中でもソデにひっこんで休憩しちゃうひとでした。

 

たぶんタバコ吸ったりボ〜ッとして、べつなことしたり、あるいはスタッフとしゃべったりもしていたかもしれませんが、そんなあいだもステージでバンド・メンバーがくりひろげている演奏はボスとしてちゃんと聴いてチェックしていて、終演後に気になるメンバーを呼んであれこれ指導していたんです。

 

もちろん自分が演奏しているあいだとか、あるいはスタジオでのレコーディング・セッション中とか、よそ見しながらやっていたわけじゃなかったんでしょうけど、音楽は「音」で(聴力障害がなければ)耳で聴くものですから、だから聴いているあいだ耳だけ集中して、あとは目でなにを眺めていても、手で作業していても、べつにいいんじゃないでしょうか。

 

耳さえ研ぎ澄まされていればですね。毎朝7時前に起きて毎夜24時すぎに寝るまでずっと音楽が止まらず鳴りっぱなしというぼくのばあいだと、その間、ごはんつくって食事したりトイレとかお風呂とか洗濯とか掃除とか、日常生活があります、当然。

 

手が空いてゆったりすわっていてもやっぱりネットでソーシャル・メディアのタイムラインを眺めていたり投稿したり、テキスト・アプリでブログ記事を書いたり、とにかくなにかしていますが、なにをしていても音楽はノン・ストップで流れています。だから、集中して聴いている時間とBGM的になっている時間とがありますね。

 

しかしBGM的なというか流し聴きになっているあいだも、耳は聴こえてくる音楽に集中していて、むろん水を使ったり火を使ったりすれば音が出ますから、重なって背後の音楽のほうはやや聴こえにくくなります。そんなときでも、ふと耳に入ってきた音にハッとする瞬間というのがあって、それをきっかけにアイデアがわき、まとまった文章をしあげることにつながったりも。

 

音楽キチガイというか音楽中毒者は、片時も音楽がない状態は耐えられないっていう人間でしょうから。ちょうど麻薬中毒者がその血中濃度が下がってくるとガマンできなくなってくるように、音楽が鳴っていない時間というのが考えられないっていう、そういうもんじゃないかと思います。

 

すくなくともぼくはそう。自宅にいてなにかしている最中にアルバムとかプレイリストの再生が不意に終わって無音楽になったら、とたんに不安になったりイライラしてしまいます。どんなときでも常に聴こえていてほしいから、実際そうしています。

 

するとですね、ディスクだと再生がいったんは終了する限界時間というのがありますよね。レコードだと片面30分未満くらい、CDならギリギリ詰め込んで最大80分。そこで裏返したり取り替えたりという作業が来ますけど、それがすぐにできない、手が離せない状況というのが日常生活にはそこそこあります。

 

もちろんサブスクだって、リピート再生や終了後に続けて関連曲を流す設定にしていないなら(ふだんぼくはしない)、短めのアルバムなどはそこで終わるから、また別のものをクリックする必要があります。ってことは本質的にディスクで聴くのもサブスクで聴くのも同じではあるんですが、ディスクだとリピート再生設定なんかはできませんよね。長尺のプレイリストを流しっぱなしにしておくということも、できない。

 

サブスクで途切れなく音楽を耳に入れていて、だからもちろん流し聴きの時間もあるけれど、毎日数時間はパソコン画面でSpotifyアプリで表示されるジャケット+トラックリストをジッと凝視したまま微塵も動かず、集中して聴いている時間もあります。パソコンが立ち上がっているけれど、SNSもWebブラウジングもなにもしないで、サブスクで音楽だけに集中して聴き込んでいる時間というのがですね、あります。

 

ディスクだって、パッケージを裏返して眺めたり、ブックレットなどを取り出してテキストを読んだり写真を楽しんだりなどしながら聴いているわけでしょう。ぼくはそうでしたけど、たぶんみんな同じなはず。それがいいんだ(音しかないサブスクに対する)フィジカルの利点だって、いまやみんな言っていますからね。

 

だから裏返せば、音しかないぶん、サブスクのほうが音楽(オーディオ・データ)だけにじっくり正対して向きあうにはいいのかも?というのも日々痛感していることです。

 

サブスクだと演奏パーソネルや各種情報、クレジット関係が(一部しか)わからない、ストーリーを語ったテキストも美麗な写真類も付属しないというのは、間違いなく大きなデメリットですけどね。そこはなんとかならないんですか?> SpotifyさんやAppleさん。

 

(written 2022.2.3)

2022/02/12

台湾発、かすかにレトロな新世代R&B 〜 ジュリア・ウー


(3 min read)

 

Julia Wu / 2622
https://open.spotify.com/album/4FsfJ4W3zxBFfkiBNUpdo6?si=NIWKUjxlTiWz4JnNlpe6vg

 

台湾的音楽のことをどんどん紹介している石井由紀子さんのnoteに出会ったきっかけは、ぼくがぞっこんのチェンチェン・ルー(魯千千、在NYCのブラック・ジャズ・ヴァイブラフォン奏者)について書いていたから。

 

それで石井さんをフォローするようになったんですが、昨年暮れごろ若手R&B歌手ジュリア・ウー(吳卓源)のことが紹介されてあったので、そのままアルバムをSpotifyでさがして聴き、うんこりゃいいねと納得しました。
https://note.com/yukiko928/n/nf10f819b15a1

 

中国は海南省生まれですが、すぐにオーストラリアへ家族で移住。米バークリー音楽大学を卒業し、2017年から台湾で活動しています。国籍はデビューのきっかけたるオーディションを受けたオーストラリアにあるみたい。日本人音楽家ともコラボ経験があるようですよ。

 

現時点での最新アルバム『2622』(2021)、ジャケットの感じはまるでロー・ファイ・ヒップ・ホップのそれですが、音楽的にはジュリアもまた新世代らしいエラ・メイとかH.E.R.などのオルタナティブR&Bの系列に連なる歌手に違いありません。

 

でも重く沈む感じはジュリアになく、ノリよく聴きやすいのが特徴で、さらにウィットニー・ヒューストンやマライア・キャリーといったクラシカルR&Bというか90年代フィールもかすかにあるのがぼく好み。特に『バタフライ』(97)あたりのマライアっぽいような。

 

アルバム『2622』は出だしからいいですが、特に好きだと感じるのは3曲目「paris」から。ミディアム・テンポのふわっとしたグルーヴがセクシーで、歌声もチャーミングだけど、なんたってトラック・メイクが最高ですよ。

 

そして4「better off without you」。これがぼく的には本アルバム中の白眉。台湾の人気ラッパー、瘦子E.SOとのコラボ・ナンバーで、パーティー・チューンふうなクラブ・ビート感が文句なしにカッコいい。90年代ふうのレトロなR&Bっぽいですが、確実に2021年のものといえる浮遊感もジュリアの発声にはあります。

 

感情の機微を表現するジュリアのデリケートなヴォーカル・マナーは、確実に21世紀的なソフィスティケイションに裏打ちされていて、たとえば8曲目「精神分裂」なんかを聴いても、新世代R&B歌手に違いないとわかるアンビエンスと重心の低さを持っているとわかります。

 

(written 2022.2.9)

2022/02/11

グナーワ&ジャズ・ハイブリッド 〜 メディ・ナスリ、オムリ・モール、カリム・ジアード


(3 min read)

 

Omri Mor, Mehdi Nassouli, Karim Ziad / Assala
https://open.spotify.com/album/0naKDiFvjhAcy1IWy2QiyS?si=wH2C8uSsQpqqfsEo5vE9BQ

 

lessthanpandaさんのMúsica Terraで知りました。
https://musica-terra.com/2021/07/24/omri-mor-mehdi-nassouli-karim-ziad-assala/

 

モロッコ人ゲンブリ奏者メディ・ナスリが中心になっているこのトリオになにか特定のバンド名みたいなものはないみたいで、ただ三人の名前を列挙して「オムリ・モール、メディ・ナスリ、カリム・ジアード」と書かれてあるだけ。

 

メディがゲンブリ&ヴォーカル、オムリ(イスラエル)がピアノ、カリム(アルジェリア)がドラムスという編成です。常時編成バンドというより、随時集まるプロジェクトみたいなものなんでしょう。

 

このプロジェクトは2019年ごろからはじまっていたらしく、ライヴ活動などはやってきていたらしいのですが、昨年それが一つのアルバム『Assala』(2021)に結実しました。これが、グナーワ、ジャズ両方に興味のある人間にはおもしろい内容です。

 

どの曲も、基本、メディの弾くゲンブリのベース・ライン反復を中心に組み立てられていて、そこはグナーワらしいマナー。同じくメディの歌声もグナーワを強烈に感じさせる質と旋律なのですが、ピアノとドラムスが入ってくると、その上にジャジーなハーモニーとリズムの多彩さが乗るといった具合です。

 

ジャズ成分を代表しているといえるのがオムリの弾くピアノ。このひとはイスラエルでは名の知れたジャズ・ピアニストです。グナーワというとそもそも和声的にはシンプルで、そういう部分じゃなくヒプノティックなワン・グルーヴの反復こそが魅力の音楽なんですが、アルバム『Assala』ではそこにポリフォニックなハーモニーが加味されています。

 

オムリのジャズ・ピアノはさほど冒険したりはしないスタイルで、典雅で端正。クラシックも学んできたことがよくわかるのがフレーズのはしばしに出ていて、かといって曲によっては後半部メディの弾くアップ・ビートなゲンブリ反復に乗って、熱く高揚したりもするんです。

 

そうしたヒート・アップするパートでは、ちょっとジャズ・ミュージックでは聴いたことのないトランシーさを感じさせたりもして、しかしグナーワそのものでもないし、まさしくグナーワ&ジャズ・ハイブリッドだよなあ、唯一無二の音楽だと感じさせるものがあります。

 

グナーワ・ミュージックの原初的な特質を失わないで、そのままうまくジャズでリハーモナイズした音楽といえる、ちょっと注目していい作品じゃないでしょうか。

 

(written 2022.1.18)

2022/02/10

音楽趣味は「役に立つ」?


(3 min read)

 

古文・漢文の学習が役に立つのか?ってことを言うひとがあるそうです。2022年の日本人が現代かな漢字まじり文を書くときに大いに役立つという実用面(特に作家、物書きなら)や日本語の成り立ちを理解できていないのはさておき、そもそも「役立つ」というモノサシでしかものごとの価値をはかれないなんて、貧弱な思想ですよねえ。

 

かりに役立つということだけに価値をおくとしたら、音楽趣味なんか一円にもなりませんから無価値です。意味のないことに日々情熱を費やしているわけで、なにをやっているのかわかりませんね。音楽なんかに興味のないみなさんからしたら、なにをそんな血道を上げているのか、さっぱり理解できないでしょう。

 

音楽を追求したり、あるいは21世紀の現代に古典ラテン語(古代ローマの公用語)を学んだりするのでも、もちろんそれぞれ個々人の好き勝手であって、だれかに負担や迷惑をかけないのであれば、放っておいてくれと言いたい。

 

ただひたすら楽しく、おもしろくてたまらないから熱中しているだけで、それじゃ悪いのかと。役に立つとか(つまりお金になるとか)いうことはまったく考えたこともないですし、そこに価値をおいていません。美しい音楽を聴けば楽しいし癒しになる、だから次々と聴くだけ。

 

より美しい音楽はないか、世のなかどこに自分の知らない音楽美があるかわからないぞと思うから、どんどんさがして聴きまくるのをやめられないんです。原動力はとにかく「楽しい」「なんかおもしろそう」ということ。これに尽きます。きれいな人や景色を見て、あっいいねこれ、と感じるのは多くのみなさんに理解してもらえるような気がしますけど、それと根っこは同じです。

 

むろんこの世には音楽なんか聴かない、むしろ積極的に嫌いであるというひともたくさんいます。そうしたみなさんに向けて「この曲はいいからぜひちょっと聴いてみて」ということはもちろんしませんよ。いや、音楽愛好家向けにだって、みんなそれぞれ好みが違うから、押し付けにならぬようやっぱりそこは慎重じゃないとね。

 

ですから、あくまで自分のなかで、個人的音楽美意識の範疇で、いいぞと思えるもの、フィットするものを追いかけて、見つければうれしくてどんどん聴き、っていう反復・連続でいままで約60年の人生を送ってきました。充実していたと思います。

 

すくなくともぼくにとっては、美しく楽しい音楽を聴くことで精神的に安寧し、ひいては肉体の健康にも寄与していることなんで、その意味ではそりゃあ「役に立って」いますよ。これを理解できない他人に「そんなもんなにになる?」とか、とやかく言われる筋合いは一片もありません。

 

(written 2022.1.26)

2022/02/09

冬の夕暮れどきに 〜 原田知世「いちょう並木のセレナーデ」


(4 min read)

 

原田知世 / いちょう並木のセレナーデ
https://open.spotify.com/track/2pIjbgXMbJtaTvUAYo9dsi?si=a54e7427078247cd

 

原田知世2019年のアルバム『Candle Lights』9曲目に収録されている「いちょう並木のセレナーデ」がホントいい。この時期、真冬のちょうど日が暮れかかってきたような時間帯にでも聴くと、しんみり沁みてきて、心おだやかになります。

 

もちろん小沢健二のオリジナル(1994『LIFE』)ですが、でもオザケンで聴いてもあまりピンと来ないのに、知世カヴァーで聴くとこんなにもいいっていう、だからこれまたプロデュース&アレンジをやった伊藤ゴローの仕事がみごとだっていうことでしょう。

 

いい曲でも、だれが歌うか、どんなアレンジでやるか、によって生きたり死んだりすると思うんですよね。歌というものもまた、このひとっていう決定的表現者を得るということがあると思います。それではじめて生命を吹き込まれるんです。

 

知世&ゴロー・ヴァージョンの「いちょう並木のセレナーデ」、実は以前2016年の『恋愛小説2〜若葉のころ』の、それも初回限定盤だけの末尾に(ボーナス・トラックとして)収録されていました。それが初出で、ぼくはそれを買ったと思うんですが、Spotifyだとグレー・アウトしていて聴けなかったんですよね。

一つの新曲と三曲のリミックスをふくむバラード再録集である2019年の『Candle Lights』に入ったことで、その収録曲としてようやくサブスクでも聴けるようになり、同時に『恋愛小説2〜若葉のころ』のほうのトラックリストでも解禁されました。どっちで聴いても同じもの。

 

知世の「いちょう並木のセレナーデ」はスティール弦アクースティック・ギター一台だけの伴奏で歌われています。弾いているのがだれなのか、やっぱり伊藤ゴローか、『恋愛小説2』も『Candle Lights』も買ったはずのCDがどこにあるのやら、平積みカオス山脈のなかにまぎれこんでいますから、確認できません(公式HPに載せておいてほしい>ユニバーサルさん)。

 

でもそのアクギ一台だけの伴奏で静かにおだやかにしんみりとていねいに歌う知世のヴォーカルは極上の味わい。特にどうという工夫や技巧もこらさないというか、そもそもそんなもん持っていない歌手なわけですけど、そんなアマチュアっぽさというか、ナイーヴで素直なスタイルで映える曲というのが、こないだ書いた「新しいシャツ」(大貫妙子)であり、「いちょう並木のセレナーデ」ですよ。

 

(たぶんゴロー自身が弾いているんであろう)ギター伴奏だけにしたというプロデュースが曲と歌手の持ち味を最大に活かすことにつながっていて、そういった曲をうまく見つけて拾ってくるのも絶妙ですが、知世の持つ生来のヴォーカル資質がなんともいえないうまあじを聴かせています。

 

二人の別れの光景をふんわり淡々とふりかえっている内容の歌で、決して激しく鋭いトーンや濃い味はここになく、背伸びしない等身大で身近な空気感、さっぱりしたおだやか薄味な淡色系音楽のすばらしさが心の空腹に沁みわたり満たされていく思いです。

 

(written 2022.2.8)

2022/02/08

ブルキナ・ファソ人のやるしなやかなマンデ・グルーヴ 〜 カディ・ジャラ


(1 min read)

 

Kady Diarra / Burkina Hakili
https://open.spotify.com/album/4oIfYmKxHOKMpvWQfpBvJ7?si=HaNefj1yRImSk-gOJmYy8w

 

フランスで活動しているブルキナ・ファソ人歌手、カディ・ジャラの最新作『Burkina Hakili』(2021)がけっこういいですよね。カディはグリオの出身で、西アフリカのグリオ系ヴォーカルを聴き慣れている耳には、すぐそれとわかる声の持ち主です。

 

伴奏サウンドは、バラフォン、ンゴニ、ギター、パーカッションなどを中心に組み立てられていて、いかにも西アフリカ音楽といった趣き。しかもカディはブルキナ・ファソ人ながら、音楽的にはマンデ・ポップのひとです。それはアルバムを聴けば明瞭ですね。

 

アクースティックな楽器を中心に、適度に混ざるエレキ・ギターなども心地よく、粘性のあるグルーヴがしなやかで、その上で落ち着いたヴォーカルを聴かせるカディの歌いかたもしっかりしたキャリアを感じさせる落ち着きで、好印象。

 

曲の随所で決まるバンドの合奏リフというかキメが快感で、多彩なリズム感、コクのあるサウンド・アレンジのなかで躍動するカディの溌剌としたマンデ・グリオ声が最高です。西アフリカ・ポップスの王道に沿いながら、ロックのビートやサウンドも曲によってはとりいれて、特にラスト11曲目なんかはハード・チューンでしびれます。

 

(written 2022.1.17)

2022/02/07

現行デジタル・ラテン・ファンク最高峰 〜 シマファンク


(3 min read)

 

Cimafunk / El Alimento
https://open.spotify.com/album/4CFpePqmtCoYlsFwejCwwI?si=FGAM7ZqsS42pyc1Ybs8sYg

 

若手ラテン・ファンク最高峰、キューバのシマファンク(エリック・イグレシアス・ロドリゲス)の新作『El Alimente』(2021)がずいぶんいいですよね。ジョージ・クリントンが参加しているオープニング・トラックなんか、まるでPファンクみたいですよ。

 

『El Alimento』は二作目にあたるもので、2017年のデビュー作『Terapia』収録の「Me Voy」が大ヒットしたことで一躍シーンの表舞台に躍り出たのがシマファンク。このステージ・ネームはキューバ西部の街の逃亡奴隷(シマロン)からとったものみたい。自身もそれが出自なんだそう。

 

公式サイトがあるんですが、生年ふくめバイオやキャリア紹介などはいっさい載っていません。ネットで見つかる散発的な諸情報をつきあわせると、どうも2014年ごろからラテン音楽界で活動してきた人物じゃないかと思います。
https://cimafunk.com

 

ともあれアルバム『El Alimente』。多くがコンピューターのフル活用でできているように聴こえます。ファンクもラテンも人力演奏による汗くささが特徴だったように思いますから、ベーシック・トラックのほとんどを打ち込みでやるシマファンクの姿勢はやや特異ですよね。

 

そんなエレクトロ・ミュージックでありながら、いかにもラテン・ファンクだというだけあるプ〜ンと漂ってきそうな体臭みたいなもの、汗くささが存分に発揮されているのもシマファンクらしさ。コンピューター打ち込みでここまで人間味あふれるサウンドをつくれるのには感心します。

 

ジェイムズ・ブラウンが最大の影響源に聴こえますが、キューバ音楽にもとからそなわっていた洗練とファンクネスを煮詰めて抽出したようにも思え、その点ちょっとベニー・モレーっぽくもありますね。1970年代サルサの痕跡も鮮明です。

 

必要最小限の演奏ミュージシャンしか起用していないのに、大所帯でやるゴージャス感に満ちていて、まるでラメきらきらみたいなこのけばけばしい派手さはどうですか。ごった煮のカオス感もあるし、Pファンクなどが実現していたあの世界に濃厚なラテン性をたっぷりぶち込んだシマファンクのこの『El Alimente』、お好きなみなさんにはこれ以上ない一作でしょう。

 

(written 2022.1.6)

2022/02/06

泣きのショーロ新作 〜 ダニーロ・ブリート


(2 min read)

 

Danilo Brito, João Luiz / Esquina de São Paulo
https://open.spotify.com/album/5JadOZCR15rLNXMaMsBnkz?si=GcZmIgzkSDaGEoehGtUjWg

 

ブラジル出身、現在はアメリカ合衆国で活動するショーロ・バンドリン奏者、ダニーロ・ブリートの新作『Esquina de São Paulo』(2021)は、やはり同国に拠点をおくクラシック・ギターリスト、ジョアン・ルイースとのデュオ作。

 

ピシンギーニャ、ジャコー・ド・バンドリン、オルランド・シルヴェイラらの曲をとりあげつつ、自作も混ぜているダニーロ。端正で典雅なのもいいけれど、個人的にはしっとりした泣きの情緒を聴かせているものがもっと好きです。

 

たとえば2曲目のアルバム・タイトル・ナンバー。ダニーロの自作ですが、これこそショーロの真骨頂といえるサウダージをなんともいえないフィーリングで表現していて、それでいてしつこくなく、さわやかな優雅さもただよっているという、ホント、いいですねえ。

 

アルバムにはそうした泣きのエレガント・ショーロがけっこうありますよ。5、6、9曲目なんかはかなりはっきりしているし、4曲目だってちょっとそうかな。メロディをつづりながら、ごく微細な音のニュアンスの変化をピッキングでつけていくダニーロの技巧がさりげなく発揮されていて、感心します。

 

ギターのジョアン・ルイースはほぼ伴奏に徹していて、ダニーロが弾く歌心たっぷりのメロディにからむ対位ラインを効果的に奏でる役目。堅実に脇を固めていますね。全九曲のうち六曲がしっとり湿った情緒の泣きのショーロで、バンドリンの硬質な音色がかえっていっそう哀感をきわだたせているようで、すばらしい。

 

(written 2022.1.5)

2022/02/05

天才、坂本昌之アレンジの特徴


(50 sec read)

 

マイ・フェイバリット坂本昌之Works
https://open.spotify.com/playlist/2c7q477YpSoGMKP69kE5W8?si=5af08e9387cf4cdb

 

・ひたすらおだやか
・淡く薄味
・シルクのような肌心地
・細かな部分まで神経の行きとどいたデリカシー
・必然最小数の音だけ、ムダのない痩身サウンド

・アクースティック生演奏のオーガニック・サウンド
・自身の弾くピアノが軸
・リズム・セクション中心で、管弦は控えめ
・ほんのりラテン・シンコペイションを軽く効かせ
・フルート・アンサンブルの多用
・その他木管を使い、ブラスはほぼなし
・エレベとコントラバスを適宜使い分け

・オリジナルよりカヴァーで生きる
・1960〜80年代のいわゆる昭和歌謡への眼差し

・原田知世をプロデュースするときの伊藤ゴローとの共通性

 

(written 2022.1.24)

2022/02/04

坂本昌之アレンジの極意を、由紀さおり「ウナ・セラ・ディ東京」に聴く


(3 min read)

 

由紀さおり / ウナ・セラ・ディ東京
https://open.spotify.com/track/106BUcCOv3BXjLcvgps55I?si=52421b00850b46e3

 

日本歌謡界の至宝アレンジャー、坂本昌之の最高傑作は、いまのところ由紀さおり『VOICE II』(2015)2曲目の「ウナ・セラ・ディ東京」に違いありません(私見)。岩谷時子と宮川泰が書きザ・ピーナッツが1964年に歌ったのが初演。

 

坂本+さおりヴァージョンの「ウナ・セラ・ディ東京」は、ゆったりしたテンポのボレーロ・ビートに乗るオクターヴ奏法のギター・イントロではじまります。コントラバスによるオブリガートがややシンコペイトしているのが印象的。リズムは主にコンガ。うっすらドラムスとピアノ。

 

ギターとピアノのユニゾンによる短い無伴奏デュオ・インタールードに続きさおりのヴォーカル・パートにくると、ピアノを残しほかの楽器がさっとはけます。ピアノ独奏で八小節だけ静かに歌われると、今度はピアノとベースのユニゾン・リフが入りアンサンブルを導くという絶妙な出し入れ。

 

続く八小節のAメロを歌い終わり、軽い四連符を叩くリフに続いてサビに入ると、おそらくさおりの多重録音によるハモリ・ヴォーカルになっているのもみごとにきれい。その「あのひとはもう、わたしのことを、忘れたかしら、とてもさみしい」の終わりでパッと伴奏が全休止したその刹那、コンガ・ロール、続いてアンサンブルによるやや強め三連符バン、バン、バン。

 

サビでは全体的にハモリ・ヴォーカルですが、その終盤の伴奏が止む「とても〜、さみしい」部だけソロになっているのもデリケートな押し引きですね。続くコーラス・ラストの八小節でだけバック・コーラス(も多重録音と思われる)が仄かな色どりを添えています。

 

このあたりまでのシルク・タッチなサウンド・メイクとヴォーカルで、聴き手はもうすっかり溶けてしまいます。間奏のギター・ソロもイントロと同じくオクターヴ奏法でやわらかく。

 

やはり四連符リフに続きそのまま2コーラス目はサビから入り、1コーラス目と同じパターンをなぞり、ラスト八小節(ピアノ・オブリが洒落ている)最終部の「ウナ・セラ・ディ東京」を二回リピート。アウトロはやはりオクターヴ奏法ギター。

 

使われている楽器はピアノ、ギター、ベース、ドラムス、コンガ。これだけ。ストリングスもホーンズもなし。必要最小編成によるミニマム・サウンドのデリケートなかけひきで最大の効果を生む、坂本昌之マジックがここにあります。

 

(written 2022.1.24)

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